第32話 ラ・ジーオタイッソ

 貴族であっても軍人を多く輩出する家柄だったり、貴族寮に入るお金を用意できないような場合には、庶民と同じく試験を受けて入学する場合もある。


 その場合、基礎課程の半年間は身分を伏せておくことが求められる。まぁバレたからといって特に罰則とかはないけど。


 試験を受けて入学したぼくもそうなるはずだったけど、シーアをお世話係にするために結局は貴族枠で入学した。


 貴族は面接だけで入学できるのため、ぼくが試験を受けたのは無駄足だったことになる。別にいいけど。

 

 入学してみてわかったことだけど、ちょっと想定外だったのは貴族と庶民の扱いが厳密に区分されていることだ。


 貴族と庶民が同じ場所で学ぶということ以外、両者の間には目に見えるくらいの壁がある――なんて思うのは、ぼくが転生者だからであって、王国の人々にとっては寧ろエ・ダジーマの方が異質であると言えるだろう。


 ともかく、ぼくも貴族として入学したからには学校でも貴族として扱われるし、それらしく振舞うことが求められるようになる。


 庶民枠で入学しようとしたのは、そういうのが避けたかったからでもあったのだが……。


「まぁ、こうなったら腹を括って貴族やるしかないよね」


 と、ぼくが朝早く目覚めたベッドの上でのポーズを決めているところに部屋のドアがノックされた。シーアだ。  


「おはようございます。坊……キース様。朝のラ・ジーオタイッソのお時間です」

「はーい」


「朝食はどうなさいますか?」

「うーん。今日は大食堂へ一緒に行ってみようか」

「かしこまりました」


「それじゃ、行ってくるよ。戻るまでにノーラを起こしといてね」

 

 ラ・ジーオタイッソは、貴族寮、一般寮、公設寮のそれぞれの建物前で行われる毎朝の運動だ。


 はい。これもウルス王時代にぼくがです。


 貴族寮では、寮専属の楽団からカルテットが奏でる音楽でラジオ体操が行われる。あっ、ラジオ体操って言っちゃった。


 他の寮では、選抜されたものが皆の前に立って「チャチャチャチャチャーン、はいイッチ、ニー」とか大声で歌いつつ運動を行っている。


 絶対に面白いはず。そのうちこっそり見に行こう。


「おはよう!」

「「「「「おはようございます!」」」」」


 ぼくが挨拶するとカルテットとラ・ジーオタイッソの指導教官が元気よく挨拶を返してきた。


 貴族寮に限ってはラ・ジーオタイッソへの参加は強制ではなく自由になっている。ちなみに初日からずっとぼくひとりしか参加していない。


 貴族特有の事情が何かあるのかもしれないが、おそらく一番の理由は朝が早いということだろう。


 ノーラによると、カルテットの演奏がお世話人たちの目覚まし時計替わりになっているらしい。そのお世話人に貴族の子弟は起こされるわけで、当然いまの時間はまだ夢の中にいるのだろう。


「ロイド様に来ていただけて本当にありがたいです」


 参加者が誰一人いない場合でも、指導教官とカルテットの人たちは毎日きちんと待機しておく必要がある。


 時間がくればカルテットは演奏しごとを始められるが、指導教官は参加者がいなければその間ずっと手持無沙汰のままとなる。


 そんな話を聞かされてしまっては参加を続けざる得ない。まぁ、ぼくとしても貴族待遇では少なくなりがちな身体を動かす機会が増えるのは歓迎だ。

  

 ちなみに貴族の間ではぼくは変わり種に見られてしまっているようで、敬して遠ざけるみたいな感じで扱われている。


 ただでさえ身分階級のうるさい貴族の中で、子爵や男爵家はどちらかと言えば底辺に属しており、より高い位の貴族の中には露骨に上から目線の態度で接してくるものもいる。


 ただぼく自身はそれを全く気にしていない。どちらかといえば意図的に遠ざけられるようにしていた。


 貴族社会の醜さや面倒さは、ウルス王時代に嫌というほど経験して身に染みている。将来は向き合う必要が出てくるかもしれないけれど、現在はなるべく貴族のお付き合いは避けたいのだ。  


 ぼくの当面の第一目標はあくまでシーアと一緒にヴィドゴニアを倒すこと。そのためには、なるべく自由に動くことができる時間を確保しておく必要がある。


 下手に貴族の付き合いを広げて束縛されるようなことにはなりたくない。


 なんてことを考えているうちにラ・ジーオタイッソは終了し、ぼくは部屋へと戻った。


――――――

―――


 エ・ダジーマの大食堂は全校生が利用することができ、大勢が利用している。貴族席は小さな柵で区切られており、美しい装飾が施されたテーブルにはそれぞれ花が飾られていた。


 ちなみに庶民席の方はシンプルな長テーブルと長椅子だ。


「さ、二人とも食べようか」

「「はい」」


 ぼくはシーアやノーラと一緒に貴族席のテーブルで朝食を取り始めた。今では誰も気にしなくなったが、初めてここで食事をしたときは食堂中の視線がぼくたちに注がれていた。


 貴族がお世話係と一緒に食事をとることが珍しいというのもあったかもしれないけど、そういうことをする貴族が全くいないわけでもはない。


 招かれた庶民が貴族席で食事をしているなんてことも普通にある。そもそもプライドが高い貴族は自室で食事をとっている。


 みんなの視線を集めているのはシーアだ。ぼくが大食堂を利用するときには、まず杖をついたシーアがぼくにエスコートされてテーブルにつく。


 その後の配膳はノーラが行って、それから三人で食事を始めるというのがいつもの流れだ。


 事情を全く知らない人がぼくたちの食事光景を見たらシーアの目が見えないことに気が付くことはまずないだろう。


 まるで目が見えているかのようにフォークとナイフを上手使ってシーアは食事を行っているからだ。


 食後のデザートでは、シーアがぼくとノーラのティーカップにお茶を注ぐ。


 この自然な食事風景は、シーアの感覚の鋭さだけではなく、ロイド家での長年の生活で培われた連携によるものだ。

 

 どの食器をどの位置に置くかはミリ単位の精密さで決まっていて、シーアも正しくその位置に手を伸ばす。


 他にもテーブルの皿に何がどのように盛ってあるかについては、配膳中にぼくたちが会話の中でさりげない言葉に挟んだり、テーブルの上で指をトントンと叩いたりして、シーアに伝えているのだ。


 これはぼくやノーラだけでなくロイド家のものであれば誰でも出来る。


 シーアの目が見えないことを知ったばかりの人間がこの風景を見ると、あまりにも自然なシーアの振る舞いに戸惑いを感じることになるだろう。


 ぼくたちは大食堂で何度も食事をしているのにも関わらず、いまもって物珍しそうにぼくたちにいぶかしげな視線を向けてくるものがいないわけではない。


 いや、もしかしたら単にシーアに見とれているだけかもしれないけど。


 そういったこともあって、変わった貴族と盲目のお世話係についての噂は、主にこの大食堂から全校生徒へと広まっていった。




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