第31話 赤毛の少女
ぼくのクラスは、貴族寮から3名、一般寮から4名、公設寮から8名の15人編成だった。通常、貴族は1つのクラスにつき2名なので、この編成は少しだけ変わっている。
これはおそらく、ぼくが入学式間際になって公設寮から貴族寮へ変更したせいじゃないかと思う。
教室は急な段差のある講堂形式になっていて、高い位置には貴族が座る特別席が用意されている。
ウルス王としては、学校内では身分関係なくフラットな環境にしようと頑張ったが、時代が早過ぎたのかほとんど受け入れられなかった。
そもそも貴族と庶民が同じ学校に通えるようにしたことでさえ、奇跡的なことであり、転生者だったウルス王でなければ実現することはできなかったはずだ。
これがどれだけ凄い偉業なのか、赤ん坊のときからこの国で育ってきた今のぼくには十分に理解することができた。
「ロイド様のお席はこちらになります」
クラス付きの奴隷少女がぼくを席に案内してくれた。エ・ダジーマでは学校所有の奴隷がいるだけで、外部から奴隷を連れてくることは許されていない。
「ありがとう」
ぼくが奴隷に感謝を伝えると、ぼくより先に席についていた二人の貴族がチラリと視線を向けてきた。もしかして奴隷に気安く話しかけたのが気になったのかな。
ふっ。
ぼくのことを奴隷の扱い方も知らないような田舎貴族とでも思っているのかもしれないな。しかし田舎貴族は君たちの方で、王都ではぼくの対応こそ普通なのだ。
『奴隷は城、奴隷は石垣、奴隷は堀、情けは味方、仇は敵なり』
奴隷を大切に扱うようにとシンゲン宣言を出したのはウルス王。
前世のぼくだ。
シンゲン宣言から約10年。入学前に王都のあちこちを見て回ったけど、奴隷に対する待遇は前前世で奴隷だったぼくが知っている環境より遥かに良くなっていた。
「どういたしまして」
奴隷が微笑みを浮かべて一礼しクラスの隅へと下がった。
ぼくは先に座っている二人の貴族に軽く会釈して目礼を交わした。おそらく中央に座っている金髪縦ロールの女の子が一番身分が高いのだろう。
たぶんその次が窓側の席にいるぼく……ということは廊下側の席の生徒はぼくと同じ子爵か男爵家の子息かな。
お互いの席の距離は離れているけど挨拶しに行った方がいいのかな。などとぼくが考えていると、どやどやと沢山の生徒が教室へ入ってきた。
その中で身なりの良い4人の生徒が貴族席のぼくたちに向かって一礼した後、貴族席の前に着席する。
おそらく富裕層である一般寮の生徒だろう。そのうち一人はエルフ族のようだった。
残りの生徒もがやがやとお互いに会話しながら席に着いていく。
「ねぇねぇ、わたし貴族さまって始めて見るよ。やっぱり貴族さまってとっても気品があるわよね」
「そう? 普通じゃない? アタシは実技試験のときに貴族と一緒だったけどアタシたちと同じような感じだったわ」
「えっ、貴族なのに実技試験受けてたの? 相当変わった人だったんじゃない?」
「じぃぃぃぃぃ」
「ちょっと、そんなにじっと見たら失礼だよ」
下の席からチラチラと視線と会話の切れ端が飛んでくる。それがどうにも気になってしまって、小心者のぼくは落ち着かない。
他の二人はどんな様子かとチラ見すると、二人の貴族はそんなもの意に介せずとばかりに超然と構えていた。
突然、さっきの奴隷が教室の入り口へ移動し、手にもっていたベルを振って鳴らす。
「間もなく授業が開始となります。皆様、お席に付いてご静粛に願います」
奴隷が教室入り口の扉を開くと、しばらくして司祭服を着た小柄な女性が入ってきて教壇に立つ。
「わ、わたしがこのクラスの担任となるアンリ・メカニハンです……である!」
その挨拶はなんとかならないのか――という、ぼくたちの注目を一身に受けて、担任は恥ずかしくなったのか、うつ向いて薄いブルーの長い前髪の中に顔を隠してしまった。
「これから半年の教育課程で、皆さんが勇者支援者となるために必要な基本を学びます。実は初めての担任となりますので、わたしも皆さんと共に学んでいければなと思います」
顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも、メカニハン先生は貴族席までしっかりと届く大きな声で話をした。
「早速ですが皆さんにはこれから自己紹介をしていただきたいと思います。その前にまず、このクラスにいらっしゃる三家のご貴族への感謝を申し上げます」
先生の言葉と同時に全員の顔がぼくたち三人へと向けられた。
「ご起立ください」
奴隷少女が告げるとみんなが立ち上がった。
「中央にいらっしゃる方がリンド伯爵家ご息女レイチェル・リンド様、奥側にいらっしゃるのがロイド子爵家ご子息キーストン・ロイド様、そしてフィブリス男爵家ご子息クラウス・フィブリス様です」
ぼくだけが名前を呼ばれたときについ腰を上げそうになった。他の二人は悠然として座ったままで、名前を呼ばれたときには軽く会釈をしただけだ。
まぁ貴族は身分が高いから偉そうにしているといえばそれまでなのだが、実はそれだけでもない。
まず貴族は学費が非常に高い上、学校への寄付額も多い。また子息をエ・ダジーマに入学させるということは、その領主が勇者支援を行うという意思表示でもある。
学校にとってはスポンサーであり、生徒にとっては将来は自分の主になるかも知れない人々でもあるのだ。
そういうわけで、みんなからぼくたちに向けられる視線は尊敬が向けられているというより、なんとなく品定めされているようで落ち着けない。
「じぃぃぃぃぃ」
赤毛の少女がぼくの方をじっと見ている。はて、どこかで見たような……。
「あー! アンタ試験のときの貴族じゃないの!」
キャロル……だったっけ?
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