第12話 際限なきうっかり

「王家の正統に則り、王位は正しく俺の意志をもって第二王子であるホノイスに受け継がれる」


 かすれた声ではあったが、精一杯の威厳を込めて俺が宣言するとその場にいる全員が一斉に跪いて新しい王への忠誠を示した。


「エルヴァス……」

 俺は未だ動揺を抑えきれずにいる友を見つめて言った。


「復讐を望むものたちには、我が最後の願いをとくと言い聞かせよ。俺が望むのは復讐で流される血ではなく、俺が消えてなお栄え続ける王国の姿だ」


 少し恰好を付け過ぎか。


「自分たちの思惑からはずれて栄え続ける我が国を見て、卑怯者どもが歯ぎしりして流すくやし涙こそ俺が見たいものだ」


 復讐に囚われるあまり国が乱れ国力が割かれてしまうのは何としても避けたかった。真の危機は魔王の襲来であって、今はそれに備えることこそ最も重要なことだからだ。


 また次に転生させられた場合のことを考えると、ここで内乱や戦争が始まってしまう可能性はなるべく排除しておきたかった。


 思っていたよりも長く話をすることができたが、血が失われ過ぎてさすがに意識がもうろうとしてきた。投与されるポーションは短剣の魔力によってその効力を打ち消され続け、俺の身体を回復させることはない。


 もっともっと伝えておきたいことが山のようにあったが、おそらくそれは人の一生を以てしても伝えきれない類のものだろう。そんな気がする。


 世界が白く包まれていく中、最後に聞こえてきたのは俺を呼ぶ人たちの声。視界に最後に映ったのは、俺との別れを悲しむ人たちの泣き顔だった……。


 魂が体から離れる最後の瞬間、俺はふと大事な事を思い出し、それを口にした。ギリギリだったし伝わったかどうかはわからない。


「ついでに女神ラヴェンナへの信仰もよろしく……」


――――――

―――


 気が付くといつもの転生ルームの中心で、俺は魂の炎となって漂っていた。


「…………………………」

「……(汗)……(汗)」

「…………………………」

「……(汗)……(汗)……(汗)(汗)(汗)(汗)(汗)(汗)(汗)」


 恐らくは永劫の時間と言って良いくらい長い間、俺は目の前で全身から汗をダラダラ流し続ける女神を見つめていた。

 

 俺がずっと黙っているのは、ウルス王を失ったボルヤーグ連合王国が今後どのようになってしまうのかその行く末について考えていたからであって、実のところ女神のことは全く眼中になかった。


 王国で過ごしたのはたった二年間のことでしかなかったが、俺はそこで出会った多くの人々に対して愛情を抱いており、今でも彼らのことを思うと心が温かくなるのを感じる。彼らの幸せや王国の繁栄を俺は心から願っていた。


「あっ……あのぉー」


 なので、卑屈に腰を屈め両手をすり合わせて近づいてくる女神に対しても、かつて王であった俺は寛容な心を持つことができるような気がした。さすがに愛する息子にある日突然短剣で刺されるショックと比べたら、女神の二度に渡る失敗など些細な……


「てんめぇ! 一度ならず二度までも! よくもやらかしやがったな!」

「ひぃぃいぃぃ。ごめんなさいごめんなさいぃぃ!」


 まったく怒りを抑えることはできなかった。うん。仕方ないね。


――――――

―――


「……本当に申し訳ございませんでした」


 ラヴェンナは額を地面?に擦り付けるようにして、それはもう見事な土下座で俺に謝っていた。つい怒りに任せて怒鳴ってしまったが、仮にも女神に土下座させてしまっているこの状況に、俺は申し訳ない気持ちになり始めていた。


「自分が何をやらかしたのかは十分理解しているんだよな」

「はい! もうこれ以上ないくらい反省しております」


 ひたすら土下座を続ける女神を見て、俺は自分の怒りをいったん脇に置くことができた。そもそもだ。うっかり女神に期待していた俺が間違っていたのだ。うっかり女神がうっかりすることは当然なのだから、うっかりさせないように俺がしっかりすればいいだけの話だった。

 

「わかったよ。お前の謝罪は受け入れた。それよりもこれからが大事なんだ。気持ち切り替えていこうぜ」

「重ね重ね申し訳ございません」


 俺が既に許していることは、心が読める女神にはもうわかっているはずなのに、女神ラヴェンナは一向に頭をあげることなく土下座を続けている。


「もう土下座はいいよ。それよりも魔王のことだ。今回も勇者になれなかったけど、この先に勇者がいつ現れてもいいようにそれなりの準備はできたと思うよ」


 俺としては一刻も早く勇者転生してあの異世界に戻って魔王の脅威を排除したい。ボルヤーグ連合王国には俺が大事に思っている人々が大勢いるのだから。


 もちろん王国には俺の命を狙った者がいた。奴隷の扱いは未だ酷いとしか言えない状態だし、ラローリーのような鬼畜生だっている。しかしそれでも魔王が支配する世界よりは遥かにましなはずだった。


 王国中から集めた歴史資料によれば、魔王の従える魔物たちが跳梁跋扈する惨状は、まさに地獄がこの世に顕現したものだった。例えば魔将軍コ・ソーに占拠された都市では日に千人の人間が巨大な石臼に投げ入れられて魔物の食糧にされたとか、そんな恐ろしいことが当たり前のように行われていたらしい。


 そうした惨劇の名残は、古い伝承や地名の中にあって、遺跡として残っているものもあった。そのいずれもが魔王とその支配する世界がどれほど恐ろしいかを伝えるものだ。


 魔王の支配を防ぐことができるのであれば、俺を勇者転生させてくれる女神が二度も転生に失敗するようなうっかり女神であったとしても、それはそれとして本当にありがたい存在だと思っている。


「なっ、だから前のことは水に流すから、これからのことを考え……」

「まことに申し訳ございまへぇぇぇん!」


 俺の言葉を途中で遮り、女神はさらに額を強く地面? に打ち付けながら、大きな声で謝り続ける。


「もう勇者転生しちゃいましたぁぁぁ!」

「はあ?」

 

 女神が意味不明なことを口走ったので、俺は思わず首を傾げる。勇者転生しちゃったって、俺はまだここにいるんだけどな。


「ですから、他の人を勇者として転生させてしまいましたぁぁぁ!」

「はぁぁぁぁぁ!?」


 この女神のうっかりには際限がないのか。あまりにも衝撃的な告白に俺の魂は真っ白に燃え尽きてしまった。

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