先生の苦悩

すでおに

先生の苦悩

 靖代やすよは疲れていた。幼稚園教諭1年目ながら、少人数の幼稚園ゆえ担任を受け持っていたのだが、園児の中でもとりわけ幼い年少の子どもたちは言うことを聞いてくれない。注意してもおしゃべりを止めないし、整列もちゃんとしてくれない。隣のクラスは出来ているのに。大の子ども好きだったはずが、自分に先生は向いていないとすっかり自信を失くしていた。


 担当クラスに『モンスターペアレント』がいたことも不運だった。何かにつけてクレームを入れてくる。最初は自由遊びの時間に転んで膝を擦りむいたことだった。「子どもが可哀想。怪我をさせないで」と幼稚園に電話を掛けてきた。


 お友達と喧嘩をして泣かせた時は、優しく注意しただけなのに「子どもが傷ついた。悪気はなかったのに」とお叱りを受けた。


 今度は発表会の劇の配役に文句をつけてきた。「子どもが悲しんでいる。もっといい役にしてあげて」。子ども同士じゃんけんをして決まったことだからどうしようもないのに。


 発表会の準備に追われて残業続きのところへこんな理不尽な要求をされ、靖代は疲れ果てていた。それで幼稚園からの帰り道、ぼんやりしていて信号が変わったことに気づかずに横断歩道を渡ろうとして自動車にはねられてしまった。不幸にも打ちどころが悪く、靖代は帰らぬ人となった。


 悲嘆に暮れる幼稚園に一本の電話がかかってきた。靖代が担任をしていたつばめ組の保護者から。例の母親だった。


「子どもがショックを受けている。なんで死ぬんですか」

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先生の苦悩 すでおに @sudeoni

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