突撃となりのガチャごはん!

小欅 サムエ

突撃となりのガチャごはん

 とある、古びたマンションの一室。この部屋の主は、デスクトップ型パソコンと撮影機材を前にし、何やら準備を始めていた。窓の外は夜の帳が下り始め、一日の終わりを告げようとしている。


 そんな中、機材の準備が整ったようで、男は満足げな表情を浮かべ軽く咳払いをする。そして、誰もいない部屋の中、異常と思えるほどのテンションで声を上げ始めた。


「さて……どうも、はるやんでーす! 今日も元気にライブ配信を始めますよっ!」


 はるやん、と名乗った男が声を発すると、それと共にデスクトップ画面には数々のコメントが寄せられてゆく。『待ってたよ』、『オッスオッス』など、非常に下らない文字が画面上に羅列されてゆく。


 そう、この男……はるやんは自主製作の動画を生配信している、いわゆる『生主』である。まだ広告収入は無いものの、彼は話し振りや視聴者いじりに定評があり、一般レベルにおいては人気、ともいえるほど視聴数を稼いでいた。


 そのため、配信中はごくまれに批判的なコメントで埋め尽くされることもある。だがそれでも、彼は臆することなくむしろ立ち向かっていく姿勢を見せており、その様子が一度だけネットニュースの記事として載ったことがあった。


 はるやんは、本日もいつもの通り視聴者の名前を確認し、常連を見つけてはコメントを返してゆく。


「今日もみなさん元気そうですね! おっと、ゴマドーフさん、久しぶりじゃないっすか! 仕事で忙しい、って……あんたニートでしょうが! いやいや、太ったとか言うな。気にしてんだよ、こっちは」


 軽妙なノリで次々に捌いた後、ある程度まで新規のコメント数が落ち着いたところで、彼は少しだけ姿勢を正した。


「さーて、と。じゃ、今日の企画でっす! 見えっかな?」


 そう言うと、彼はお手製のフリップをカメラの前に翳した。画面には少し汚い文字で書かれた、『ガチャで出た食材を使って本当に料理してみた』という言葉が表示されている。それを目にした視聴者たちは、『おおー』だの『ツマンネ』だのと口々に意見を投稿し始めた。


 『ガチャ』とは、スマートフォン向けソーシャルゲームなどで頻繁に用いられる、ランダムにアイテムを排出させるシステムのことである。本来はカプセルトイという、レバーを回すことで玩具が手に入る自動販売機のことを指していたが、現代ではむしろ『ガチャ』といえば、ソーシャルゲームを想起する人間の方が多い。


 つまり、この男はソーシャルゲーム内で手に入れたアイテムを使用して、夕食を作ろうと考え、この企画を発案したのである。


 視聴者の反応を堪能した彼は、少しだけ間を置きつつ今回の企画に関する概説を始めた。


「オッケー、見えてるな? 今回は『ぞくぶつの森』の食材ガチャを十連回して、それで出た食材だけで料理するぜ! 何が出るかは分かんねぇから、この配信の後に買い出しに行って、帰ってきたら配信を再開するつもりだ。どうだ、面白そうだろ?」


 彼の言葉に賛同するものや、その勇気を讃えるようなコメントが続々と押し寄せる。中には、食材の無駄遣いだと非難するコメントも垣間見えた。それを見逃さなかった彼は、少し言い訳のように補足する。


「ああ、言っとくけどな、俺はこんなのやりたくなかったぞ。ぜってー食えねぇって分かってるからな! ああそうだ、ちなみに作った料理は完食するから、安心しろよ――――」


 すると、その最中。ふと彼は発言を止め、眉間に皺を寄せつつ隣の部屋を睨み付ける。彼の行動を不審に思った視聴者たちから、多くの不安視するコメントが寄せられ、彼は我に返りカメラへと視線を戻した。


「おっと、すんません! ちょっとね、最近となりに越してきたヤツが、なんかたまに変な音を出すんすよ。グッチャグッチャって、なーんか気味悪りぃんだ。あんまりうるせえから、次に何かあったら生配信で曝してやろうかと思ってんだ。さてと……」


 少し冷静さを取り戻した彼は、机の上に置かれた自身のスマートフォンを手に取り、またカメラへとその画面を近付ける。映されたのは、『ぞくぶつの森』というソーシャルゲームのメニュー画面であった。


 画面への映りを気にしつつ、彼はまた当初の元気を取り戻し大きな声で説明を再開した。


「見えるか? おし……今回の限定イベントガチャは、食材だけ出るようになってんだ。だから、キャラクターが出てくることはねぇし、ハズレることも無い。だから、食べられないものが混じるってことはないから、そこは安心してくれ! いやいや、安心したのはお前だろって? その通りだよ!」


 視聴者のコメントに笑顔でツッコミを入れた後、よし、と軽く気合を入れるような声を出し、彼はスマートフォンの画面をタップする。


「そんじゃ、運命の十連ガチャ、始めんぞ。さーて、何が出んのかな……」


 『ガチャ』の演出が始まり、画面上からは一時的にコメントが消える。そして眩い光と共に現れたのは、茶色い扇型の物体……そう、『クリ』であった。


「出ました! 『クリ』……栗? 地味だな、おい」


 思いの外、普通の食材が出現したことで、はるやんは小さく溜息を吐く。もっと調理しようのない物体が出現すれば、動画としても大成功であったのだろう。


「まあ、いいや。次!」


 そして次に現れたのは、緑色をした根菜のようなもの……『ワサビ』であった。またもや地味な食材の出現に首を傾げ、彼は少し唸りながら呟く。


「うーん、これはこれで美味しい展開なのか……? 思ったより、なんか普通だな。まさか、普通の食材しか出ねぇんじゃねえのか?」


 彼の予言通り、九回目まで食材としてはあまりにも一般的過ぎるものが並んでゆく。


「『レンコン』、って、おいおい……『ルッコラ』? どうすんだよ、これ。葉っぱじゃねぇか。『海苔』……? 味ねぇし。『白菜』、『オクラ』、『マイタケ』、『エリンギ』……おいおい、これじゃ健康的な夕飯になりそうだぞ、これ」


 十回目を目前としているというのに、あまりにも驚きが無さ過ぎて口数も減ってゆき、それと同時にコメントも疎らとなっていく。これがもしテレビの撮影であったならば、恐らくお蔵入りしていたとも思えるほど、地味な絵面であった。


 それ故に最後のガチャを、今までになく真剣な目つきで彼は見つめる。欲しいキャラクターの出現を願っていた時よりも、ずっと強くスマートフォンを握りしめる。


 そして、ついにその時が来た。最後の演出と共に、ひときわ眩い光が部屋を照らす。この演出は、アタリが確定した時のものである。つまり、一般には出回りづらいレア食材が出現したと考えられるのだ。


 その輝きを受け、目に輝きを取り戻した彼は軽く叫び声を上げた。


「おおっ! こ、これはきたんじゃねぇか! 頼む、地味じゃないやつ、こい!」


 目を瞑り、神に祈るように上空へとスマートフォンを掲げる。そして、そのままゆっくりと腕を下ろし、カメラへスマートフォンの画面を映した。


 そこに映されていたのは、灰色の身体に長い脚と首、それに鋭い嘴……平原を颯爽と駆け抜ける、飛べない鳥。そう、ダチョウであった。


「ダ、ダチョウかよ! おいおい、これどこで売ってんだよ! いやあ、マジか!」


 画面を見た瞬間、彼は歓喜し飛び跳ねた。ダチョウは一般的に食材として認知されておらず、どういう調理方法になるのか、まるで定かではないのだ。つまり、どうやっても不味い食事が作れる、という訳である。


 初めこそ地味であったものの、最後の最後で逆転できたことに安堵した彼は、軽く乾いた笑い声を上げた後、カメラの方へと向き直る。


「よっし。予想外の食材が出たから、ちょっと時間はかかるかも知んねぇけど……これから買い出しに行ってくるから、次の配信まで待って――――」


 すると、恍惚の表情を浮かべていた彼は、急に背後へと振り返り、声のトーンを落とす。その様子から察するに、招かれざる来客があったことが窺えた。彼の顔色からすれば、マンションの管理人辺りであろう。


 集合住宅であるのだから、大きな音を断続的に立てることはご法度である。この後、本気で注意されることが目に見えている彼は、テンションを大きく落としつつも画面へと視線を向ける。


「……ちょっと騒ぎ過ぎたな。でも、また一時間くらいしたら配信するから、待っててくれよな」


 そして、彼の大きな溜息と共に生配信は終了した。




 ――――★――――




 この動画を制作した『はるやん』こと中野 晴哉さんは、数年も経過した現在でも、この続きの動画を配信していない。それどころか、この動画の配信直後から、行方を完全にくらませている。


 当時、マンションの管理人は彼の部屋に訪れてはおらず、また出入り口に設置してあった監視カメラにも、彼が出入りする様子は映されていなかった。


 部屋には当然、遺書なども無く、ただ撮影機材と起動したままのスマートフォン、そして買い出しに使用する予定であったはずのメモだけが残されていた。


 なお、彼の両隣は空き部屋であったが、その一室からは得体の知れない大きな羽根が一つだけ見つかったのだという。それが一体何を意味するのか、今となっては知り様の無いことである。

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