第62話 認知症でも息子に会いたい気持ちは募る。そして、分かり会える。

『お母さんに…会いに来たの?』『んだ。』『どうして今まで来なかったの?』『単なるバイトだったから。』『只野さん!就職したのか?』『いえ、現状維持です。』『阿部、ヤっていい?』


とにかく、「会いたい」と思ってくれた気持ちが芽生えただけでも成長したと思う。

勘当されてから、ずっと連絡すら取っていないのだろう。

そして何より。

カツオのお母さんである舟は…じゃなくて、只野さんは「息子」と会いたがっている。

認知症でも、分かる時は分かる。

…そう、あたしは信じてる。


『部屋、案内します。』『只野さん、1つだけ言ってきます。くれぐれも逆撫でしないように。』『分かりました。』


東フロアの1番端の居室。

「只野フネ」。


よく見たら本当に舟じゃん!!

何これ?もしかしてお父さん波平!?まさかね!?

いやぁ…マジびびった。


『只野さーん。失礼します。』『はーい。』

最初の挨拶で分かる。

今は本来のフネさんだ。


『只野さん、面会です。』『あら、だぁれ?』『誰だと思います?』『さぁ…誰かしら?』

ドアの手前でモジモジしているカツオを、佐野さんが肘で居室へと押し出した。


『か、かーちゃん…』『あら、カツオ。お帰り。』『え?』『カツオ、お母さんに話を合わせてあげて。』『え?あ、た、ただいま…』『ホラ、お父さん。カツオが帰って来ましたよ。』


本来が突然現実に一転する。

これが現実。

カツオはまだその現実を把握出来ていない。

お互いに時が止まったまま…。


『そちらの娘さんは?』『あ、あたしは…』『俺の彼女だよ。』『おい。』『俺、結婚するんだ。子供も産まれる。』


カツオの言葉に、只野さんの表情がパァッと笑顔に変わった。


『そうなの!!お名前は?』『あぁ…えっと…』『美香って言うんだ。美しい香りって書いて美香。』『そう…カツオが結婚…もうそんな歳なのね。』


只野さんの「今」が読めない。

所々違和感はあるが、それでも親子の会話は成立している。

このまま、様子を…


『カツオ、歳を取ったわね。』『え?』『心配してたのよ。ずーっと連絡も無くて。』『かぁちゃん…』『でも、結婚するお相手が現れたのね。安心したわ。』『今まで…、今までごめんな、かあちゃん。』


あたしも佐野さんも貰い泣き。

一時の大切な時間。かけがえのない親子の空間。

東フロア担当になってから、あたしは只野さんのケアプランを拝見させて貰っていた。

カツオの父親は4年前に脳梗塞で他界。カツオは独りっ子で、只野さんは5人兄弟の末っ子。キーパーソンは4人目の姉の娘、つまり「姪っ子」になる。

要介護3の只野さんは、一昨年より認知症が悪化。姪っ子の希望により施設に入所となり現在に至る。


『かあちゃん、また会いに来てもいい?』『何言ってんの!!ここはあんたの家でしょ!?いつでも来なさい。』『とーちゃんにもよろしくね。』『タイミングが悪くて、今夜は仕事が遅くてねぇ。また今度おいで。』『うん…、分かった。』


「カツオ、長居は無用で。」


あまり只野さんに刺激を与えたくない。

今日はここまで。

カツオと只野さんは握手を交わし、ここで一旦お開きとなった。








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