第二百二十三話 ウィベル猟犬団(3)

 殺到する千発以上の高機動ミサイル。回避は不能、迎撃も不能……まさに絶体絶命だ。"ヴァローナ"とつばぜり合いをしている真っ最中の輝星は、宇宙を覆い隠さんばかりのミサイルの奔流を目にして、小さく息を吐いた。


「くっ!」


 こんな場所で足止めされていては、回避できるものもできなくなる。輝星は"ヴァローナ"の盾を蹴り、くるりと宙返りした。背中にマウントしている対艦ガンランチャーが火を噴き、大型ミサイルがシールドのド真ん中に炸裂する。堅牢な装甲も、これには耐えきれない。腕をもぎとられた"ヴァローナ"が、煙を噴出しながら吹っ飛んでいく。

 音もなくワイヤーガンが飛び、浮遊していたブラスターライフルを捉えた。猛烈な勢いでワイヤーが巻き取られ、いったんは捨てたライフルが再び輝星の手の中に戻ってくる。


「持ってくれよ……!」


 祈るように呟きながら、肩に装備されている二基の対ミサイルレーザータレットを後方に向け、スロットルを全開にした。加速系のゲージが一瞬で振り切れ、猛烈なGが彼の身体を襲う。


「んぐぐぐぐ」


 血を吐きそうなほどの負荷に、輝星は歯を食いしばってなんとか耐える。彗星の尾のようなスラスター噴射炎を、ミサイル群は愚直に追跡していた。いかに"エクス=カリバーン"が高推力を誇るとはいえ、ミサイルを振り切れるはずもない。ディアローズは表情を強張らせた。

 急造機ゆえの重心バランスの悪さか、全力加速する"エクス=カリバーン"はガタガタと揺れ始めた。ふらふらとする機体を、操縦桿を小刻みに操作して進路をまっすぐに保つ。体勢を崩せば、"エクス=カリバーン"はねずみ花火のようにキリキリ舞いしてしまう。そうなれば一巻の終わりだ。


「だ、大丈夫なのか?」


「……」


 Gに耐えるのが精いっぱいで、輝星には答える余力はない。それでも、なんとかコクンとうなづいた。ミサイルは"エクス=カリバーン"の背中に、ジリジリと接近していく。対ミサイルレーザータレットが自動で作動し、低出力レーザーの連打が先頭のミサイルを焼き焦がした。一瞬の間を置き、ミサイルは炸薬を誘爆させる。

 とはいえ、ミサイルの量は明らかにレーザータレットの処理能力をこえていた。いくつものミサイルがポップコーンのように弾けたが、焼け石に水としか言えない程度の効果だ。


「本当に大丈夫なのか!? めちゃくちゃに怖いのだが!!」


 輝星は口も開けないほどGに苦しんでいるというのに、ディアローズは元気に口から唾を飛ばしながら大騒ぎしている。内心羨ましさを感じつつも、輝星はスロットルを全開にしたまま微動だにしない。

 ウィベル猟犬団の方はといえば、"エクス=カリバーン"に追従可能な推力を持っている機体が"ラーストチカ"しかないため、置いてきぼりにされている。マキナはあくまで集団戦で輝星を仕留めるつもりのようだ。


「……よし!」


 やがて、"エクス=カリバーン"を追尾していたミサイルは次々と衝突し始めた。同じ一点の対象を追尾しているため、軌道が重なり合ってしまったのだ。ミサイル群は次々と爆発し、誘爆が誘爆を呼ぶ。三十秒もしないうちに、大半のミサイルが同士討ちで破壊された。残るミサイルは、対ミサイルレーザータレットが処理してくれる。


「ふー……」


 脅威が消え去り、輝星がスロットルを緩める。吐く息は、若干鉄臭かった。"エクス=カリバーン"は、"カリバーン・リヴァイブ"よりも随分と慣性制御機構が強化されている。そうでなくては、輝星はGに押しつぶされて死んでいたかもしれない。


「こ、これを狙っていたのか……肝が冷えたぞ」


 くちをへの字にしつつ、ディアローズが唸る。こいつ、いつもこんな無茶をしていたのかと言わんばかりの表情だ。


「ご主人様もわらわも、死ぬときは子供や孫に囲まれながらベッドの上でと決まっているのだ! あまり無茶はするでないぞ!」


「俺だけで迎撃する案はディアローズも賛成したじゃないか」


「連中がこれほどまでに厄介だとは思わなかったのだ! わらわ判断ミスである、済まぬな!!」


 冷や汗をぬぐいつつ叫ぶディアローズ。本気で怖かったのか、かなり動揺している。ぷるぷると震える手で、輝星の頭を乱暴に撫でまわした。


「しかし、これでミサイルも打ち止めであろう」


 高機動ミサイルは比較的小型のミサイルだが、それでもストライカーに搭載可能な量は限られている。発射された数からして、ウィベル猟犬団のほぼ全機がすべてのミサイルを撃ち尽くしているはずだ。

 中途半端な弾幕なら簡単に突破してくるのが輝星というエースなので、ウィベル猟犬団の判断は間違っていない。しかしその必殺を期した攻撃をしのぎ切った以上、活路は開けるはずだ。ディアローズは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「反撃の時は来たれり、だな。さあ蹴散らしてしまえ! ご主人様よ!」


「本当にどっちが主人だかわからないな、もうっ!」


 相変わらずの偉そうな言い草に、輝星は苦笑する。しかし、彼女の言う通りだ。ウィベル猟犬団は射程の短い武装しか装備していない。そして、ミサイルから逃げた結果、敵部隊とはかなり距離を離すことに成功している。これは明らかなチャンスだ。


「ま、やってやろうじゃないか!」


 背中からメガブラスターライフルを左手で引き抜き、輝星はニヤリと笑った。

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