第二百五話 決戦の用意

 輝星たちはその後、艦の会議室へと集められた。起床時間直後にも関わらず、室内には軍の幹部が揃っている。


「状況を説明しましょう」


 会議室正面の大型モニターの前に立ちながら、シュレーアが言った。身支度をする暇もなく飛び出してきたのだろう、長い白髪が、寝ぐせでぼさぼさになっている。


「もう大半の方はご存じでしょうが、情報部より帝国艦隊が本国を進発したとの報がありました」


 室内にざわめきが広がる。いよいよ来たかという緊張感と、勝てるのだろうかという不安が入り混じったものだ。


「敵艦隊の陣容は、戦艦三十八隻に駆逐艦以上の補助艦が百五十余り。皇国軍・ヴァレンティナ派の部隊を合算したところで、戦力差は三倍以上……極めて厳しい戦いが予想されます」


「開戦当時より戦力差が開いてるじゃないか……」


 軍人の一人が震える声で呟いた。皇国軍も、そしてヴァレンティナたち反乱軍もこれまでの戦いによって随分と傷ついている。それに対して、帝国軍は動かせる戦力をすべて動員してきた。その数は、開戦当初に皇国軍と戦ったカレンシア派遣艦隊の比ではない。


「戦艦だけで四十弱か……本国に残ってる戦力はどのくらいかな?」


 輝星は小声で傍らに座るテルシスに聞いた。ただでさえ絶望的な戦力差だが、相手に予備戦力があるとすればさらに厳しい戦いになってくるからだ、


「内乱対策や、別の敵国とのにらみ合いのために動かせない部隊もそこそこありますからね……いくら少なく見積もっても同数よりは多く国内に残っているはずです」


「ひぇ、合計で倍以上か……大国ってすごいなあ」


「とはいえ、帝国も国内の戦力をからっぽにするわけには参りませぬ。こちらから侵攻することを考えなければ、あまり気にする必要もないかと」


 貴族が一番恐れるのは、他国からの侵略ではなく平民の起こす反乱だ。何しろごく少数の貴族がすさまじい数の平民を支配しているのが、ヴルド人型の社会なのである。特に、帝国のような苛烈な統治をしている国では、軍の戦力の大半は国民に向け続ける必要がある。


「敵の侵攻ルートの予想はついているのか?」


 そう聞いたのは、ディアローズだった。奴隷身分に堕ちたというのに、その態度はこの場にいる誰よりも偉そうだ。


「おそらく貴女と同じルートを選択するでしょう。帝国としては、わざわざ遠回りする必要はありませんから」


 しわくちゃの顔を歪めながら、シュレーアの隣に座った老婆が答える。皇国軍の参謀長、レイト・カデンツァだ。老齢ながら前線に立ち続ける彼女は、当然開戦初期からディアローズと何度もやり合っている。複雑な感情を抱くのも致し方のない事だろう。


「皇帝の性格を考えれば、あえて意表をついてくる可能性も無きにしも非ずだが……諸侯軍の手前、消極的ととられかねない策はとらぬであろうな。一理ある」


 ただでさえ、相手を容易に踏みつぶせるだけの戦力を揃えているのだ。これに加えて正面決戦を避けるような作戦を採用すれば、従軍する諸侯たちは皇帝は臆病者だと主張し始めるだろう。ただでさえ失敗したディアローズの尻ぬぐいのような戦いなのだから、これ以上帝国と皇帝自身の名誉を傷つけるようなことはしないと考えるのが自然だ。


「では、迎撃作戦はガレア星系で?」


 過去の戦いを思い出しつつ、ディアローズは聞く。ガレア星系は皇国領の外縁部にある星系で、皇国軍と帝国軍が初めて本格的に交戦した場所だった。その時は帝国軍……つまりディアローズが勝利したのだが……。


「ええ。星間航路スターウェイの都合上、敵艦隊を必ず捕捉しようと思えばあそこで待ち構えるのが一番確実です。貴方に破壊された防衛設備も、すでに復旧は完了していますよ」


 FTL超光速航法が確立しているとはいえ、恒星間航行ができるルートは限られている。デブリ、強烈な電磁場、ブラックホール……外宇宙は危険に満ちているのだ。等間隔に無人灯台が置かれた星間航路スターウェイを利用するほかに、星間航行を安全に行う方法はない。


「なるほど、あそこか……覚えておるぞ。ふむ」


 顎に親指を当てたディアローズがニヤリと笑う。ひどく悪そうな顔だった。何か悪だくみを思いついたようだ。シュレーアと参謀長の顔が強張る。


「防衛設備といったな。では決戦の場はあの氷の惑星……ガレアeで行うのだな?」


「……ええ、その予定ですが」


 疑わしげな様子で参謀長が頷く。ガレア星系の第五惑星、ガレアeには要塞砲をはじめとした防衛設備が設置されている。艦隊戦力が不足している以上、ここに防衛線を敷くのが一番ベターだという考えだ。


「では、いくつか用意してもらいたいものがある」


「……」


 参謀長は無言でディアローズを睨みつけた。作戦会議に彼女が参加しているだけでもかなりおかしい事態なのに、本格的に献策までし始めたのだから訳が分からないにもほどがある。何しろ敵の総大将はディアローズの実の母親なのだ。


「まあ、聞くだけは聞いてみれば良いではありませんか。彼女の指揮能力は、我々が身をもって知っているはずです。本気で手伝ってくれるというのなら、こんなに心強い味方もそう居ませんよ」


 シュレーアがそう窘める。彼女としては、もはやディアローズは裏切ることはないだろうと考えているのだ。腐っても、同じ男を同じ夜に抱いた仲である。多少の仲間意識もすでに芽生えていた。


「……殿下がそう仰られるなら。それで、何が入用なのです?」


 不承不承、参謀長は頷いた。


「大規模発破用のレーザー水爆と、小惑星移動用のマルチ規格核パルスエンジンだ。特に前者は出来るだけ多く調達してもらいたい」


「い、一体そんなもので何をするつもりなのです!?」


 予想外過ぎる要求に、参謀長は目を剥くことしかできなかった……。

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