第百十一話 凶星VS四天(2)

「くそ、早いにも限度があるだろうが!」


 ヴァレンティナの操る"オルトクラッツァー"の突撃を何とか回避しつつ、サキが叫んだ。皇族専用機だけあり、その加速力は皇国のゼニスの比ではない。


「こんなんを"グラディウス改"で墜としたのか、輝星はッ!」


「まったく同感だ。彼の腕はどうかしているよ」


 共通回線を通じて帰ってきた答えは、余裕しゃくしゃくの声だ。装備も物資も万全なヴァレンティナからすれば、傷つき消耗した"ダインスレイフ"など恐れるに足る相手ではないのだろう。


「とはいえこの状況ではな! いくら奴が強いとはいえ、勝つのはわらわだ」


 フルオートショットガンで援護射撃をしつつ、ディアローズが勝ち誇った声で言う。まき散らされた散弾の一部が"オルトクラッツァー"に当たって火花を上げているが、お構いなしだ。


「姉上! 近接戦闘中に散弾を撃ち込むのはおやめください!」


「一発二発当たった程度で抜かれるような装甲はしておらぬであろうが! 帝姫ならば細かいことは気にするでない!」


 言い合いをする二人だったが、それでも攻撃の手を緩めてくれるほど間抜けではない。"オルトクラッツァー"の突撃槍から放たれたビームをマント装甲で弾きつつ、サキはなんとかショートマシンガンで応射した。しかし、機敏な動きでヴァレンティナはそれを回避する。


「ふははは! そのようなおんぼろで良くもまあ耐える! 誉めてやろう!」


 哄笑を上げながら"ゼンティス"が加速し、"ダインスレイフ"に肉薄した。反撃しようと電磁居合刀に手を添えるサキだったが、刀を抜くより早くスタンウィップの薙ぎ払いが襲い掛かった。


「うおっ! あっぶね」


 バチバチと電光を纏いながら空を切る鞭を見ながら、サキが呻いた。刀や剣よりリーチが長い鞭は、近接機にとってはかなり戦いにくい武器だ。反撃に頭部機銃を発砲するが、装甲で弾かれてしまう。


「ちっ、輝星みたいにはいかないか!」


「後ろががら空きだぞ!」


「うわーっ!」


 槍を構えて突撃してきた"オルトクラッツァー"を、サキは反射神経だけで何とか回避した。穂先が装甲に引っかかり、ガリガリと塗装を削る。無理な回避運動でバランスを崩した"ダインスレイフ"に、さらに電撃鞭が襲い掛かった。


「ああああっ!」


 機体にスパークが走り、絶縁体を貫通してコックピットにまで電流が流れる。思わずサキが悲鳴を上げた。攻撃を受けた反動で"ダインスレイフ"が山肌に叩きつけられる。


「はははは、耳に心地よい声だ!」


「こ、この野郎!」


 "ゼンティス"の長剣による追撃を、サキは必死に地面を転がって避ける。スラスターを吹かして必死に機体を飛翔させたが、プスンと音を立てて噴射が止まった。推進剤が切れたのだ。まだジェットアーマーは使えるが、それはあくまで補助推進装置に過ぎない。"ダインスレイフ"は機動力の大半を失ってしまったのだ。


「ま、マズった」


「ふん、打ち止めか」


 ヴァレンティナが同情したような表情で呟き、スロットルを全開にした。再度の突撃だ。空中に居る"ダインスレイフ"には、それを回避できるだけの能力はもはや残っていない。


「まだだ、まだやれる!」


 しかしサキは、いまだ諦めていなかった。コンソールのスイッチを押して慣性制御をカットし、即座に頭部機銃を発射。その反動と熱核ジェットの推力を使い、機体をなんとか身じろぎさせる。


「なにっ!?」


 ギリギリで攻撃を回避されたヴァレンティナが驚愕の声を上げる。サキが会心の笑みを浮かべ、操縦桿のトリガーを引いた。


「喰らえっ!」


 電磁抜刀! 紫電と共に刀身が高速射出され、神速の斬撃が"オルトクラッツァー"に襲い掛かる。破滅的な金属音が鳴り響き、そして――


「なっ……」


 連戦による酷使で限界を迎えた居合刀の刀身が砕け散った。バラバラと空中を舞う破片を反射的に目で追いながら、サキの表情が凍り付く。


「万全ならばそちらの勝ちだったのだろうが……すまない」


 一方無事だったヴァレンティナは、神妙な顔でボソリと呟いた。左手で腰のマウントからフォトンセイバーを抜き、無防備な"ダインスレイフ"に斬りかかる。


「良い勝負だった」


 輝星に倣い、エンジンブロックのある腹部にフォトンセイバーを突きたてる。真紅のビーム刃は、あっさりと装甲を貫通した。自由落下に入る"ダインスレイフ"を、ヴァレンティナは静かに見送った。


「な、何……ッ!?」


 次の瞬間、"ゼンティス"の腹を極太のビームが貫いた。上半身と下半身が無残に別れ、落下する。電源の落ちたコックピットで、ヴァレンティナが目を剥いた。


「間に合いませんでしたか……」


「何者だ!」


 ビームの発射された方向を睨みつけ、ディアローズが叫んだ。青い空を切り裂くようにして、ライドブースターにまたがった藍色のゼニスがこちらに向かって急接近してきている。


「無論私です。シュレーア・ハイレッタ、ただいま推参いたしました」


 聞きなれた声に、斜面に転がった"ダインスレイフ"のコックピットでサキが思わず叫んだ。


「本当に遅ぇんだよ!!」


「も、申し訳ありません」



 

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