第百一話 敵の本陣目指して撤退だ!(3)

「部隊の展開は予定通り進んでいる……どうせ北斗輝星は殿しんがりだ。波状攻撃をかけて、十分に消耗させねば」


 愛機である"ゼンティス"のコックピットでディアローズが一人呟いた。彼女の視線の先には、戦術マップが表示されたサブモニターがある。


「先鋒は近衛だ。いくらあの化け物が相手とはいえ、しばらくは持つだろう。適宜砲撃と増援で支援すれば……」


「報告! 近衛隊が全滅したそうです!」


 そこで突然、耳元のマイクから部下の緊迫した声が聞こえてきた。その衝撃的な報告に、ディアローズは思わずシートからずり落ちる。


「ぜ、全滅!? 二十四機の"レニオン"が……!? 交戦開始からまだ十分しかたっていないぞ!!」


「先ほど我々の陣地に侵入した、例の二機による襲撃を受けたようです。現在も戦闘は続いており……」


「た、たった二機で!?」


 キルレシオもなにもあったものではない。あの男はいったい何十倍の戦力を相手に戦っているというのか。ディアローズは思わず背中が寒くなった。


「ええい、とにかく慎重に囲んで叩け。少々の被害は構わん、向こうの目的はあくまで遅滞のはずだ。強攻をしなければ大きな被害は……」


「て、敵ゼニスがまっすぐわが軍の本陣目指して突撃を開始したそうです! 前線部隊から足止めが間に合わないとの報告が……」


「な、なんで!? なぜこちらに向かってくるのだ!? 普通に考えて、皇国の本隊の護衛につくハズでは……」


 ディアローズは頭を抱えた。当初のプランでは、皇国部隊の最後尾で防戦する輝星をちくちくと攻撃して消耗させ、弾薬が尽きたタイミングで総攻撃をかける手はずだったのだ。作戦開始早々から、戦況は完全に予想外の方向へ転がりつつある。


「ほ、砲撃で吹き飛ばせ! 区画ごと面制圧すればよいのだ!」


「ら、乱戦中にですか!? 味方ごと撃てと!?」


「い、いや、流石にそれは……」

 

 さしものディアローズも、これには一瞬躊躇した。だいたい、前線には貴族の将兵も大勢いるのである。そんなただなかに砲弾を撃ち込んだりすれば、いくら次期皇帝とは言え問題になる。


「前線の火力支援部隊を使って拘束しつつ、前線から兵を退かせろ。その後に重砲による攻撃を仕掛ける」


 結局、ディアローズは穏当な策を取ることにした。重ロケット砲や榴弾砲を装備したストライカーで攻撃を仕掛けて時間を稼ぎ、部隊を撤退させてから重砲を使う作戦である。

 それでも、練度の高い帝国部隊は迅速に作戦を実行した。三分ほどで、区画から前衛部隊が居なくなる。


「よし、砲撃開始!」


 彼女の命令を受け、機動砲部隊が発砲する。遠雷のような砲撃音と衝撃波が、"ゼンティス"のコックピットを揺らした。口径28cmという大口径砲の多重奏だ。砲兵陣地からは少々離れた場所にいるとはいえ、うるさい事この上ない。


「効果はどうだ!?」


 その不快感に顔をしかめながら、ディアローズが聞いた。撃破に至らなくても、頭や腕でももぐことができれば僥倖だ。あとはじっくり前衛部隊で料理すればよい。


「だ、駄目です。砲弾が迎撃されました! 効力射ならず!」


「そんなのアリか!?」


 憤慨するディアローズだったが、亜光速のブラスター・ビームですら迎撃できる輝星からすれば間接射撃の榴弾など止まっているに等しい。自分たちの方へ飛んできそうな砲弾だけ選んで迎撃するなど、たやすいことだ。


「だ、第二射を用意しろ」


「駄目です。観測部隊が敵機をロストしたと……」


 鬱蒼とした森の中で敵を捕捉し続けるのは難しい。まして、輝星たちは機動力に優れたゼニス・タイプに乗っているのである。砲撃のどさくさに紛れて姿をくらませることくらい、簡単なことだった。


「先ほどから駄目だ駄目だと! それしか言えぬのかこの駄犬どもがッ!」


 怒りに任せ、ディアローズはコックピットの床を蹴り飛ばした。どんな手を使っても無効化され、ひどい被害を被る。全く理不尽な話だ。

 しかしこれは、森林という大軍の利点を生かせない地形で戦闘を始めてしまったのも良くなかったのだろう。とはいえ、可能な限り被害を抑えつつ皇国軍を迎撃するにはこの場所に布陣するのが一番よかった。


「姉上、ここはわたしにお任せを」


 そこで、ヴァレンティナから通信が入った。


「何!?」


「"天剣"をお貸しください。必ずや、かの傭兵を止めて見せましょう」


 自信に満ちた声でヴァレンティナはそう言い切った。しかしディアローズは青い顔をして、顔をぶんぶんと横に振る。


「ならんならん! 貴様程度が行ったところで、テルシスもろともやられるのがオチだ!」


 "天剣"ことテルシスは、ほんの数時間前に輝星によって翻弄されているのである。この事件・・は指揮の低下を防ぐために緘口令がしかれており、ヴァレンティナは知っていない。だからこそ、彼女は"天剣"がついていれば大丈夫だろうとこのような発言をしたのだろう。そう考えて、ディアローズは深いため息を吐いた。


「同じ相手に……しかも男に二回も墜とされたとなれば、貴様の僅かながらの名誉や尊敬も吹き飛んでしまうぞ。姉からの忠告だ、とにかく今はじっとしていろ。タイミングが来れば、多少のおこぼれはくれてやる」


「……はっ」


 不承不承といった様子で、ヴァレンティナは言葉に従った。ディアローズがもう一度ため息を吐き、戦術マップを睨みつけた。


「とりあえず今は、奴らを止めなくては。万一ここまでたどり着かれたら、作戦なぞすべて吹き飛んでしまうぞ……」


 残念なことに、その懸念は一時間もしないうちに実現することとなった。

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