第百二話 一騎討ちなんか大っ嫌いだ!(1)

 レーダーも目視も頼りにならない森の中では、いかな大軍とはいえたった二機のストライカーなどあっという間に見失ってしまう。そしてなんとか接敵しても、輝星たちの圧倒的な戦闘力により一瞬で部隊が蒸発してしまうのである。いかなディアローズとはいえ、このような状況では大した手は打てなかった。


「う、うわああああっ! 出たーっ!」


 木々の隙間を縫うようにして飛び出してきた白いストライカーを見て、ディアローズは腰でも抜かしたような声で叫んだ。白い塗装を返り血ならぬ返りオイルで汚したその機体は、青い双眸をギラリと光らせて"ゼンティス"に銃剣の剣先を向けた。


「大将首とお見受けする! こちらは傭兵の北斗輝星、一騎討ちを申し込ませていただく!」


「え、普通に嫌……」


 思わずディアローズはボソリと呟いてしまい、あわてて口を手で押さえた。情けない所を部下に見られるわけにはいかない。あわてて周囲を見回すが、護衛の機体は武器こそ構えているものの動きを止めてディアローズの方をうかがっていた。


(ええい、役立たずどもめ!)


 思わず心の中で吐き捨てるディアローズだったが、一騎打ちを申し込んでいる相手にいきなり攻撃を仕掛ける方が貴族社会では無作法なのだ。


「き、貴様が北斗輝星か。ノレド帝国の次期皇位継承者たるこのわらわに、傭兵風情が随分と不遜な物言いではないか」


「それは申し訳ありません。で、一騎討ちの方は」


「ふん……ずいぶんと腕が立つと聞いたから、てっきり獣のような大男かと思ったが。まるで小鳥のさえずりのような可憐な声だな。どうだ、傭兵なぞ辞めてわらわの側仕えにならぬか? 可愛がってやっても良いぞ」


「お断りします。で、一騎討ち……」


「そ、そうだ! なかなかの強行軍をしてきたのだから、疲れているだろう。少し休んでいくがいい! 疲弊した相手を一方的に叩くような情けない真似は出来ぬ! 良い茶葉が手に入ったのだ、まあ茶の一杯でも飲みながら、矛を収めていったん親睦を深めようではないか!」


「市民ごと軌道爆撃しておいてよく言う……」


 べらべらとまくしたてるディアローズに、ヴァレンティナがあきれ顔で呟いた。


「何か言ったか!?」


「いえ、何も」


「とにかく、貴様は黙っておれ! ……だいたい、わらわとて好きで終末爆撃なぞ……」


「そんな事ァどうでもいいんだよ!」


 ぼそぼそと言い訳がましくつぶやくディアローズを、輝星の後ろからのそのそと現れたサキがバッサリと切るような口調で遮る。彼女の機体も近接戦闘中に被ったであろうオイルにまみれており、血塗れの野武士のような威圧感を四方に放っていた。


「やるか、やらないかだ! いいんだぜ、受けなくても。そん時ぁ、この場で大暴れするだけだ。あたしだって、テメェの首ならぜひ貰いたいところだからな。そっちの方がありがてぇくらいだ」


 明らかに輝星の方が強いのだから、一歩引いてサポートに徹するくらいの分別はサキにもある。だが、相手は皇国軍人の仇敵であるディアローズだ。出来ることならば自分で討ちたいと内心では思っていた。


「姉上、ご決断を」


「……」


 さっさと受けろと言わんばかりの声音で促すヴァレンティナの方を、ディアローズは情けない表情で見た。"ゼンティス"と同じく黒金の皇族専用塗装が施された彼女の機体は、妙に余裕のある様子に見えた。


(くそ、他人事だと思いよって……一騎討ちなど貴様がやればよかろう! ……だめだ、この場の最高責任者はわらわなのだ、代理人など立てたらそれこそ皆の笑いモノだ!)


 高速で思考しながら、ディアローズがギリギリと歯ぎしりする。当然だが、一騎討ちなど受けたくない。輝星の"カリバーン・リヴァイブ"は多少消耗している様子だが、それでもまだ十分に戦えるだろう。ディアローズもストライカーの操縦にはかなりの自信があるが、帝国最強である四天をたやすく蹴散らすような真正の化け物相手にたった一人で勝つなど不可能だ。


(なぜこんなことになってしまったのだ……たやすく勝てる戦いだったはずだ。このままでは負けてしまう……)


 そこまで考えて、ディアローズの背中にゾクリと奇妙な感覚が走った。彼女は身体をビクリと震わせたが、その感覚の正体がわからず首をかしげる。


「受けないみたいだ。仕方ない、ここにいる全員をとりあえず墜としてしまおう」


 輝星が朗らかに物騒なことを言った、これに慌てたのが、周囲の護衛達だ。


「まって! 待ちなさい! 我らが帝姫殿下が一騎討ちを断るような情けないマネをするはずがないでしょう!」


「そうですよ! かならず受けるはずです! ですよね、殿下!」


 次期皇帝ともなれば、護衛につくのは高位の貴族ばかりになる。しかしこの手の高位貴族は機体や装備を自分で用意するのが普通なのだ。贅を凝らしてカスタムした機体をスクラップにされてはたまらない。おまけに、男に墜とされたとなれば名誉もひどく傷ついてしまう。護衛達は自分の職務を投げ出し、口々に勝手なことを言った。

 輝星の不殺主義は帝国内でも有名になってきている。一騎討ちとはいえ、命のやり取りにはなるまい。どうせ死なないのなら、できるだけ被害の少ない選択肢を選んでほしいというのが周囲の帝国将兵の想いだった。


「くそぉ……やればよいのだろう、やれば!」


 結局押し切られて、ディアローズは涙目で叫ぶ。そして通信マイクをミュートすると腿のホルダーから通信端末を取り出し、タッチパネルを叩いて手早く文章を打ち込む。メール送信終了を知らせる安っぽい電子音が鳴るのを確認してから、マイクのミュートを解除した。


「ディアローズ・ビスタ・アーガレイン!"ゼンティス"、一騎討ちを受けて立とう!」





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