第八十五話 女の意地(2)
「いくわよっ!」
最初に動いたのは、要塞司令ミランジェの駆る軽装型ゼニス、"ウルバフ"だった。朱色のその機体は青いスラスター光を瞬かせながら、鋼とコンクリートに覆われた地下港の広場を疾走する。
「おっと、接近はさせませんよ!」
"ウルバフ"はブラスターカービン以外の射撃兵装を持たない白兵型の機体だ。大量の火器を装備した"ミストティン"からすれば、懐に入らせたくない相手と言える。シュレーアが即座にトリガーを弾くと、腰と脚部のランチャーから大量のミサイルが発射される。その数は凄まじく、飽和攻撃と言っていい密度だった。
「はん、ミサイルなんて雄々しい武器使ってるようじゃねッ!」
しかし、対するミランジェは勝気な笑みを浮かべて操縦桿を引いた。鋭いターンでガントリークレーンの蔭へと隠れる。鉄骨で作られた武骨なクレーンにミサイルが突き刺さり、爆炎を上げた。埠頭に係留された軍艦を真っ赤な炎が照らしだす。
「ちぃ、閉所ではッ」
整備や補給の作業のため、港内には大きな建造物がいくつもある。遮蔽物には事欠かない場所だ。射撃機としてはやりにくいことこの上ない。
「だが、炙り出すだけの火力はあります!」
そう叫ぶなりシュレーアはガントリークレーンに向けてブラスターカノンをぶっ放した。極太のビームが鉄骨を焼き、ズタボロになっていた構造物にとどめを刺す。ちょっとしたタワーくらいの大きさがあるクレーンが破滅的な音を立てながら倒壊した。
「ちょっとちょっと! 殿下! ここ、制圧が終わったら私らの基地になるんですが!?」
皇国兵から文句の声が出たが、シュレーアは気にしない。周囲の被害を気にして負けてしまえば元も子もないだろう。
「そこっ!」
もうもうと上がる粉塵の中で動く影に、シュレーアがヘビーマシンガンを撃ち込む。
「当たるかっての!」
スラスター炎が瞬き、砲弾はむなしく強化コンクリートに穴をあけた。素晴らしい反応速度だ。大口をたたくだけの実力は確かにあるようだ。煙から飛び出してきた無傷の"ウルバフ"に、シュレーアは口笛を吹いた。
「そんな砲台みたいな機体にやられるほどノロマじゃないの! わたしはッ!」
射撃を続ける"ミストルティン"に、ミランジェはブラスターカービンを向けて発砲する。シュレーアは軽快なステップでそれを回避したが、避けられるのは彼女の想定のうちだった。マシンガンによる弾幕が途切れたスキに鋭く加速し、一気に距離を詰める。
「ちょこまかとッ!」
マシンガンによる射撃を再開するシュレーアだったが、ミランジェは遮蔽物を利用して射線を切り、巧みに接近してくる。気づいた時には至近距離だ。
「捕まえたッ!」
ブラスターカービンの砲口が向けられる。間髪入れずに発射されたビームを、シュレーアはシールドで防いだ。低出力低砲身のブラスターなど、何発でも防げるだけの防御力が"ミストルティン"にはある。
「チッ! でももうここまで来たら銃なんか要らないわ!」
叫ぶなり、ミランジェは腰に佩いた二本のサーベルを抜いた。
「二刀流!」
観戦していたサキが叫ぶ。剣を得意とするパイロットは数多いが、扱いの難しい二刀の使い手はそうそう見ない。
「ほう……」
相対するシュレーアも目を細めた。先ほどまでの動きからして、ミランジェの実力は本物とみて間違いない。二刀流も伊達や酔狂でやっているわけではないだろう。手練れの剣士だ、対処を間違えれば一瞬で切り伏せられる。
「喰らえッ!」
舗装が砕けるような強烈な踏み込みとともに、ミランジェが突っ込んできた。シュレーアは全力で後退しつつヘビーマシンガンを撃ち散らすが、取り回しの悪い長物では俊敏に動く"ウルバフ"を捉えきれない。見事にすべて回避され、白刃が"ミストルティン"に迫る。
「速い!」
感嘆しつつも、シュレーアの動きは冷静だった。ヘビーマシンガンを即座に捨て、胸部のマウントからフォトンセイバーを抜いて右のサーベルを受け止める。続く左の刃は肩部のシールドをうまく動かして防いだ。
それと同時にトリガーを引くと、頭部連装機銃が大量の銃弾を吐き出した。向かった先は"ウルバフ"の胸部装甲だ。軽装型とはいえ十分分厚いその装甲は機銃程度の豆鉄砲で抜かれたりしないが、コックピットに響き渡る着弾音にミランジェが一瞬怯んだ。
「はっ!」
その隙を逃さず、シュレーアのフォトンセイバーが閃いた。真横からの切り払いだ。
「にわか仕込みの剣術でやられるわけないでしょうが!」
しかしその一撃は、無情にもサーベルによって防がれた。パワーは"ミストルティン"の方が上のようだが、軽量なフォトンセイバーでは鋼鉄製のサーベルを押し込むことはできない。斬撃は完全に止められていた。そしてそれは、敵の前で致命的な隙を晒してしまったということになる。
「勝負ありね!」
自由に動く右手のサーベルで斬りかかろうとするミランジェ。だが、シュレーアはそれを見てニヤリと笑った。
「かかった!」
彼女の手がコンソールの液晶パネルを叩く。
『反動制御機構、解除』
AIの無機質なアナウンスが流れるのと同時に、肩部ブラスターカノンが火を噴いた。まともに狙いをつけていなかったため、ビームは"ウルバフ"の肩越しに床を吹き飛ばしたがそんなことは関係ない。反動を抑制するシステムをカットしたため、発砲の反動で機体が跳ね飛んでいた。ブラスターカノンは弾丸こそ粒子ではあるものの、威力が威力だけにその反動は実体砲と遜色がないのだ。
「しまっ……!」
結果、見事に斬撃を躱されたミランジェは顔を青くした。しかし反撃しようにももう遅い。両足のアンカーで後退を強引に止めたシュレーアは、スラスターを全開にしつつシールドにマウントしたツヴァイハンダーの柄を掴んだ。
「電磁抜刀はあの女だけの専売特許ではないのですッ!」
シールドの鞘機構で紫電が瞬くと同時に、神速と言っていい速度で長大な刀身が撃ちだされた。強烈な斬撃は"ウルバフ"の朱色の装甲を見事に切断し、機体を袈裟切りにした。真っ二つになった"ウルバフ"の上半身が強化コンクリートの床に転がる。
「ふっ、まあこんなものでしょう」
コックピットを傷つけていないことをちらりと確認しつつ、シュレーアは会心のどや顔で頷いた。無線にはミランジェの聞くに堪えない罵声が流れている。元気そうなその様子にシュレーアは笑い声をあげつつ、無情にも"ウルバフ"との通信を切断した。
「輝星さん! 見ていただけましたか! 勝ちましたよー!!」
「接近戦が苦手だと思わせてからの奇襲か。上手いもんだね」
機体にVサインをさせて喜びの声を上げるシュレーアに、輝星は楽しげな声で答える。お世辞ではなく、本気で賞賛する声音だった。地の利は完全に向こうにあった。このような狭く遮蔽物の多い戦場で重量射撃機が軽量白兵戦機を倒すのは難しい。それをひっくり返して勝利したのはひとえにシュレーアの技量と機転あってのものだ。
「そうでしょうそうでしょう! はははははははっ!」
「こりゃしばらく鬱陶しそうだ」
その驚くほど上機嫌な様子に、サキはげんなりとした表情を浮かべた。
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