第八十四話 女の意地(1)

「広いもんだな。これならストライカーが全力で機動しても大丈夫そうだ」


 地下港を見回しながら、輝星が言った。戦艦等の大型艦の停泊とその補給・整備作業を行うことを前提に作られたこの地下港は、地下でありながらちょっとした港町くらいの規模がある。


「見物は認めますがな……手出しは無用ですぞ、傭兵殿」


 老参謀が無線でチクリと釘を刺した。彼女は指令室に残っているのだが、監視カメラで港の様子を見ているのだろう。輝星は思わず苦笑した。


「もちろん。一騎討ちに手を出すなんて、お互いに対して失礼でしょ」


「ふん。男とはいえ、その辺りは理解しているようですな」


 トゲのある言い方だったが、輝星は気にしなかった。この程度で動揺するするような繊細なメンタルはしていないのだ。


「はっ、随分な言い草だなババア。うちの北斗をそこらの軟弱なヤツと一緒にするんじゃねえ」


 代わりに反応したのはサキだった。なぜかドヤ顔で"カリバーン・リヴァイブ"の肩をバンバンと叩く。音声通信のためその表情を見ることはできない輝星だったが、声音でどういう顔をしているのかはだいたいわかる。

 男の癖に戦場に出るなんて云々という言葉はサキも言っていたハズなのだが、輝星は奥ゆかしく文句を飲み込んだ。今となってはまっとうに仲間として扱ってくれているのだから、それでいい。


「口の減らん小娘だ。気に入らんな」


「てめーなんぞに気に入られたいとも思わねーよ」


 売り言葉に買い言葉、二人の間に緊迫した空気が流れた。しかし本格的な言い合いが始まる前に、港の奥にあるシャッターが開いた。中から現れたのは、朱色の派手なストライカーだ。腰の左右にサーベルを下げ、右手にはブラスターカービンを下げている。

 堂々とした歩みで、その朱色のストライカーは港内へと入ってきた。背後には"ジェッタ"や"ウィル"が十機ばかり従者のように続いている。親衛隊かなにかのつもりだろうか。


「来ましたか。待っていましたよ」


 "ミストルティン"のコックピットで、シュレーアが好戦的な笑みを浮かべている。組んでいた腕を解き、操縦桿にそっと手を乗せた。


「あら、逃げずに待っていたのね。負けるのが怖くないの?」


「負ける気はありませんので」


 すました顔で答えるシュレーア。


「次期ミスラ侯爵たるこのわたし、ミランジェ・ホーエンが田舎皇女ごときに負けるわけないじゃないの!」


 コックピットで無い胸を張るミランジェ。その自信満々の様子に、輝星が老参謀に聞いた。


「ミスラ侯爵ねえ。帝国でも大きいところなんですかね?」


「ミスラ侯国は複数の交易ハブ港を抱えた豊かな国ですぞ。ご存じない?」


 自分もそのミスラ侯国とやらの出身なのだろう。老参謀の声には何故そんなことも知らないのかと責める響きがあった。


「半年前まで銀河の反対側に居たので……」


 そうはいっても銀河系にはそれこそ星の数ほども星系があるのである。主要な大国ですら、すさまじい数がある。まして一地方の貴族領など輝星が知っているはずもない。


「どいつもこいつも田舎者ばっかりねっ! いいわ、わたしが勝ったらそこの皇女サマは捕虜として領地へ連れて帰るわ! 本物の都会ってモノを教えてあげる」


 嗜虐的な笑みを浮かべながらそんなことを言うミランジェ。


「ついでに婚約者フィアンセとの婚前旅行に連れて行って、人力車婦として使いつぶしげあげるわ! 武功の自慢もできて一石二鳥よ!」


「あ゛あ゛!? アイツ婚約者なんているのか!!」


 サキが剣呑な声を出した。その後ろで皇国兵たちもブーイングを上げる。男日照りの戦場で恋人の自慢など、殺気立つなという方が無理だ。


「そーよ! わたしはアンタたちみたいな負け犬とは違うのよっ!」


 そう叫んでミランジェは哄笑をあげた。


「ゆ、許せない……」


「みんなでヤッちゃう? ヤッちゃおう!」


「待て待て待て! 早まるな!」


 武器を構え始める皇国兵を、あわてて輝星が止めた。せっかくの一騎打ちだ。水を差させるわけにはいかない。


「ふん、そうですか」


 だが、対するシュレーアは余裕の表情だった。メインモニターに映る朱色のストライカーを真っすぐに見つめ返し、言う。


「実家がお金持ち? 結構! 身代金がたくさん取れますね! せっかくなので、結納金に使わせていただく!」


「は?」


 いきなり何を言うのかと、ミランジェの目が点になった。しかしシュレーアは構わず続ける。


「ご実家へあいさつに行くのが楽しみになってきましたよ、輝星さん! 楽しみにしていてください!」


「何を言ってるんだあのバカ殿下は」


 サキが極めて不愉快そうに言い捨てる。輝星はそっぽを向きながらため息を吐いた。


「あなたへの愛があれば私は誰にも負けません! シュレーア・ハインレッタ、"ミストティン"! さあ、勝負です!」


「ふ、ふん! ほえ面書かせてあげる! ミランジェ・ホーエン!愛機"ウルバフ"と共に受けて立つわ!」


 名乗りを上げる二人。こうして、一騎打ちの火ぶたが切られた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る