第八十一話 突入、地下要塞(1)

 子爵とのひと悶着から数時間が経過した。休憩の後補給を受けた一行は、さらに廃墟都市の奥へと進む。本来の目標である地下要塞への入り口を探すためだ。疲労はたまっているが、出来るだけ制圧に向かわねば防衛の準備がどんどん進んでしまう。


「ありました!」


 コンテナを背負った工作部隊のストライカーが、地下駐車場の出入り口を思わせる構築物を指さす。ゲートは堅牢な装甲シャッターで閉鎖されており、戦車で砲撃をしても簡単には突破できないだろう。


「これは……わが軍が建造したものをそのまま流用しているようですね。解除は可能ですか?」


「やってみます」


 工作ストライカーがゲートの端末へ通信ケーブルを差し込む。


「流石に防衛システムは新しいものを使ってるのね……でもこの帝国機からブッこ抜いたコードがあれば……」


 コックピットで工兵の少女がぼそぼそと呟きながらキーボードをいじること数分、ゲートは耳障りな金属音を立てながら開いた。その先には、強化コンクリートの壁に囲まれた巨大な通路が続いている。


「素晴らしい、あとで褒美を取らせましょう」


 予想以上の速さでロックが解除されたため、シュレーアはご満悦だ。いや、キスの約束を取り付けることが出来たおかげで、もともと上機嫌だっただけかもしれない。


「我々の作ったゲートを向こうがそのまま使っているというのは、都合がいいですね。他の部隊にも伝えて捜索させましょう」


 狭い地下通路に大軍を突っ込ませても、大した意味はない。身動きが取れないまま集中攻撃を受け、全滅するのがオチだ。そのため、こうした地下基地への攻撃はあちこちの入り口から同時多発的に部隊を突入させるのがセオリーとなっている。


「我々は一足早く突入しましょう。隊列は事前の予定通りに。さて、行きますよ」


 命令に従い、四両の多脚戦車がノシノシと地下通路へ侵入していく。通路の広さは、戦車やストライカーがそのまま入っても窮屈に感じない程度には広かった。

 この手の巨大施設の建築には、メタルワーカーと呼ばれる人型重機を使用する。このメタルワーカーはストライカーと同規格で設計されるため、当然その通路もストライカーが通過するにはちょうどいい大きさで整備されるのが常だ。


「こういう地下の基地ってさー」


 シュレーアに続いて地下要塞へと侵入した輝星が、気楽な口調で言う。


「なんかRPGのダンジョンみたいじゃない?」


 等間隔で並んだ白色灯の無機質な光で照らされた強化コンクリート製の洞窟は、言われてみればゲームの迷宮に見えないこともない。サキが鼻で笑った。


「アリアドネの糸も使ってるしな。確かにこりゃダンジョンだ」


 彼女の目の先には、工作ストライカーの背中から伸びる長いケーブルがあった。このケーブルは外部にある通信施設までつながっており、電波状況の悪い地下でも不足なく通信を行うために使われている。


「なんです? アリアドネの糸って」


「地球の神話ですよ。難攻不落の迷宮を、糸を頼りに脱出する逸話があって……」


 祖父が地球人テランであるサキは、地球の文化に詳しい。自慢げにウンチクを語る彼女に、シュレーアはふむと顎に手を当てた。


地球人テランとの結婚を目指す以上、わたしもこの手の話は知っておくべきか……」


 シュレーアがそうつぶやいた瞬間だった。突然天井から機関砲座がせり出し、猛烈な勢いで砲弾を吐き出し始めた。広い通路内に耳障りな砲声が連続する。


「そんな豆鉄砲でさァ!」


 しかし、所詮は機関砲。戦車の正面装甲の前には、せいぜい塗装を傷つける程度の効果しかない。お返しとばかりに放たれた主砲同軸の機関砲により、砲座は完膚なきまでに破壊された。


「び、びっくりしたなオイ!」


「大丈夫、そのうち飽きて驚きもしなくなるよ」


 肝をつぶした声で叫ぶ先に、輝星がのほほんと答えた。当然ながら、戦場を渡り歩いてきた彼には地下基地での戦闘経験など腐るほどある。この程度の奇襲はもう慣れたものだった。


「だいたい、防衛設備が出てきそうな場所は雰囲気でわかるからね。危なそうなら先に潰しておいた方が楽かもね」


「来るのが分かってるならお前が潰してくれよ!」


「ヤだよ弾が勿体ない……」


 直線通路で重装甲高火力タイプのゼニス・タイプと交戦するような状況になればシャレにならない。輝星としては、弾薬は可能な限り節約しておきたかった。


「あ、じゃあこれ貸しますよ」


 そこで、後ろを歩いていた"クレイモア"が小型の銃器を差し出してきた。トリガーの前方にマガジンの刺さった、独特の形状の拳銃だ。皇国の量産機がよくサブウェポンとして装備しているモデルのブラスターピストルである。


「ブルームハンドル! いいじゃない。無人砲座相手ならこれで十分だ」


 予備マガジンごとそれを受け取った輝星は、鼻歌まじりに多脚戦車を避けつつ先頭へ出た。


「あっ……」


シュレーアは止めようか一瞬迷ったものの、結局そのまま好きにさせることにする。たしかに先頭に出るのは危険だが、相手は輝星だ。鬼が出ようが蛇が出ようがそうそうやられるはずもない。それに皇国部隊に地下基地での実戦をこなした経験のある者は少ないという事情もあった。ベテランが先導してくれるなら、こんなにありがたいことはないだろう。


「おっと、無人ロケット発射機。物騒だねえ」


 早速隠された砲座にブラスターピストルを撃ち込む輝星に、シュレーアは頼りになりすぎるのも考え物だと苦笑を浮かべた。


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