第七十七話 廃墟都市強襲(1)

 朝日に照らされてきらきらと輝く波しぶきを蹴散らすように、無数のストライカーが海面すれすれを飛行する。地上戦におけるストライカーは、敵からの攻撃を可能な限り避けるため高度を限界まで下げるのが鉄則だ。


「輝星さん、ジェットアーマーの調子はどうです?」


 シュレーアが傍らを飛行する"カリバーン・リヴァイブ"をちらりと見て聞いた。その白亜の人型の肩と脚には、見慣れない青い追加装甲が装着されている。


「バッチリ。フィッティングはカンペキだ、何の違和感もないよ」


 気楽な声音で輝星が答えた。この追加装甲はジェットアーマーと呼ばれるもので、大気圏内用の熱核ジェットエンジンを内蔵している。大気その物を吸引して推進剤として利用するため、ほとんど無限の航続距離を得ることが出来る。もちろんメインスラスターほどのパワーはないため気休め程度の性能だが、それでも単独飛行できる程度の推力はあるため陸戦においては必須装備の一つになっている。


「それより、聞いておきたいことがあるんだけど」


「なんです?」


「交戦予定の場所って市街地らしいじゃない。人とかいるのかな?」


 当面の作戦目標であるポイントV886には、この惑星最大級の都市があった場所だ。そんな場所で砲火を交えれば市民への被害は避けられない。輝星はそれを心配していた。


「この場所にあった街……第三リンナイ市は帝国の軌道爆撃により壊滅しています。流石にまだ帝国側の入植も始まっていないようなので……ほとんど無人の廃墟都市と考えていいでしょう」


「あ、そう」


 軽い口調とは裏腹に、輝星の表情は曇っていた。帝国が平気で民間人を虐殺するような真似をしているのは聞いていたが、心の準備が出来ていても嫌悪感は抑えられない。


「とはいえ、地下シェルターに逃れて生存している市民が残っている可能性もあります。ある程度は注意しておいたほうがいいでしょう」


 もっとも、いくら帝国が市民を殲滅することを選択したとはいえひとつの惑星に住む住民全員を絶滅させることなどできるはずもない。センステラ・プライムには少なからず皇国民が生き残っているはずであり、それらの保護も制圧と同時に行う予定だった。


「ま、その辺りは行き当たりばったりやるしかないよな」


「臨機応変に、ですね」


「殿下にゃ珍しく指揮官らしい言い草だな」


 サキが茶々を入れた。とはいえその声音にトゲはない。重い雰囲気を変えたかったのだろう。シュレーアは笑いながら「失礼な」と返した。

 それからあとは、特に会話らしい会話もなかった。この戦争が始まって以来の大反攻作戦だ、輝星は別としてほどんどのパイロットは多かれ少なかれ緊張している。口数も少なくなるというものだろう。そうして無言で飛ぶこと二十分。水平線の向こうに陸地が見えてくる。


「来たぞ、皇国の奴らだ!」


「撃ちまくれ! 接近させるな!」


 当然、帝国側も海岸にびっしりと防衛部隊を配置している。大量のストライカーが飛び立ち、布陣した多脚戦車が要塞砲さながらの砲撃を浴びせかけて来た。


「まずは沿岸部の敵部隊を排除し、橋頭保を築きます! 後続の揚陸部隊が来る前に片付けますよ!」


「了解!」


 シュレーアの号令を受けて皇国ストライカー隊も攻撃を開始した。早朝の清々しい色合いの空を背に、無数の砲弾とビームが飛び交う。


「手始めに後衛の火点を潰すぞ!援護を頼む!」


 スロットルを全開にして輝星が叫んだ。シュレーアとサキもそれに続く。突破を阻むべく帝国ストライカー隊が集中攻撃を浴びせたが、"ジェッタ"を中心とした一般部隊ではゼニス三機の侵攻を阻むには力不足だ。


「しばらく岩礁になってもらおうか!」


 輝星の放ったブラスターライフルが"ジェッタ"のエンジンを貫き、黒煙を上げながら海中に沈んでいく。航宙兵器であるストライカーは水密も万全だ。水没したところでコックピットに浸水することはない。捕虜の回収は戦闘終了後に行えば十分に間に合う。


「この白いの、"凶星"じゃない!?」


「あの"天轟"様を退けたっていう、あの? そんなのに勝てるはずが……」


「北斗ばっかり見てちゃあなあっ!」


 "カリヴァーン・リヴァイブ"を見て動揺する"ジェッタ"に、サキの"ダインスレイフ"が弾丸のような勢いで接近した。


「まず…ッ!?」


 回避しようとする"ジェッタ"だったが、神速の抜刀によりその真紅の装甲が両断される。"ダインスレイフ"のコックピットでサキが獰猛な笑みを浮かべた。


「"ジェッタ"風情じゃついてこれねぇよなァ! この"ダインスレイフ"にはなッ!」


 不規則な機動で敵弾を回避しつつ、手近な敵を片っ端から斬っていく。彼女の言葉通り、"ジェッタ"隊はサキの動きに完全に翻弄されていた。そしてサキに目を取られている機体めがけてシュレーアの正確な砲撃が次々と飛んでくる。撃墜数はあっという間に二桁を超えた。


「このコンビネーション! やっぱあたしらはこうじゃなきゃ!」


「ま、私もあなたの戦闘力だけは信頼していますから」


 興奮したサキの声に、シュレーアは澄ました声で答えた。しかしその頬には隠し切れない笑みが浮かんでいる。


「いい暴れっぷりじゃないの」


 輝星はちらりとライフルの残弾数を確認した。機付長に作ってもらった大容量マガジンは対四天用のため、今は通常マガジンを使っている。


「なら、突っ込むなら今しかないなッ!」


 武器を対艦ガンランチャーに持ち替え、輝星は一気に加速して岸辺へ接近した。砲列を作った多脚戦車が次々と主砲を発射するが、そんなものにあたる輝星ではない。ひょいひょいと砲撃を回避しつつ、一気に上昇する。


「……」


 目下に広がるのは、軌道爆撃によって滅茶苦茶にされたビル群だ。それを一瞥して眉をひそめた輝星は、躊躇なくトリガーを引く。発射された対艦ミサイルは白煙の尾を引きながら飛翔し、多脚戦車の後部に突き刺さった。爆炎を上げながら擱座する多脚戦車の砲塔から、二人の乗員が慌てて飛び出してくる。


「さっさと片付けるか!」


 大きく息を吐いてから、輝星は大声で気合を入れた。


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