第七十六話 参謀長

 惑星センステラ・プライムは、地球とほぼ同じ大きさの可住惑星だ。地表の七割を海に覆われたその姿は、一見地球と大差ない。


「突入さえ成功すればこちらのものだ。対空砲、敵を近づけさせるな!」


 センステラ・プライムの宇宙と大気の狭間を、いくつもの皇国艦が真っ赤な断熱圧縮の尾を引きながら降下していく。その姿はまるで流星雨だ。軍艦たちは景気よく対空砲を撃ちまくり、接近しようとする帝国ストライカー隊をけん制している。


「脱落艦は?」


「今のところありません。降下作戦は順調に推移しています」


 皇国総旗艦となった巡洋戦艦"レイディアント"の艦橋で、シュレーアがレイト・カデンツァ参謀長に聞いた。参謀長はしわだらけの顔を緩めつつ、上機嫌な様子で応える。


「着水後、本隊はポイントV886にある地下要塞を制圧し拠点化します。ここをハブにして各地の地下基地群を可能な限り早く取り戻し、センステラ・プライムを解放する……それが今回の作戦の骨子です」


「出足でつまずく訳にはいきませんね、V886の要塞は早く取り戻さねば……」


 そう言って地図を確認するシュレーアは、すでにパイロットスーツ姿だ。機体もスタンバイしており、いつでも出撃できるようになっている。


「しかし、センステラ・プライムの皇国軍基地は以前の軌道爆撃で壊滅しているはず。帝国によって復旧されているという話ですが、どこまで機能が回復しているものやら」


 センステラ星系では、開戦初期にも帝国軍との大きな戦闘があった。その時は結局帝国軍に敗北し後退する羽目になったのだが、その際センステラ・プライムの基地は帝国軍の軌道爆撃によって軒並み吹き飛ばされてしまった。もし帝国がこれを放置しているのであれば、皇国軍の当てにしている通信網や物資などが利用できないということになる。


「大丈夫です。奴らの資本力は我々の比ではありませんよ。諜報部によれば、むしろ皇国の手にあった時より基地機能は向上しているとか」


 皮肉気に笑う参謀長。本来、この惑星は皇国の最重要拠点の一つであり、当然基地も皇国の総力を結集して建設されていたのだが……。大国の地力というものを改めて思い知り、シュレーアは渋い表情を浮かべた。


「ま、向こうにはさんざん煮え湯を飲まされたのです。せっかく上等な基地をこさえてくれたのだから、せいぜい再利用させていただきましょう」


「そうですね」


 シュレーアは頷いた。この戦いに勝利すれば、戦争は一気に皇国有利に傾くのだ。ルボーアと同じような大勝利を収めれば、そのまま講話や休戦へ進むことが出来る可能性すらある。握った手にぐっと力を込め、シュレーアは気合を入れた。


「さて、そろそろ出撃準備をお願いします。申し訳ありませんが、今回の戦いは殿下は前線に出ずっぱりになります。どうか墜とされないように」


「そして指揮はあなたが執ると。まったく、だれが大将だかわかったものではありませんね」


 肩をすくめるシュレーア。この艦隊の総大将は名目上シュレーアだが、それは前線に出られる皇族の人間がシュレーアしかいないからだ。小部隊の指揮しかやったことのない彼女が、ほとんど皇国の全軍ともいえるこの艦隊の運用などできるはずもない。実質的な指揮官はレイト参謀長だ。


「象徴も仕事のうちです、殿下。あなたが前線で華々しい活躍をすれば、それだけ皇国軍の士気も上がるというもの。ヴルドの騎士は、自ら戦地に赴く者のみを将と認めるのですから」


 これは皮肉やお世辞などではなく、参謀長の本心だった。参謀長はもはや前線に出られる年齢ではないし、たとえ若いころであっても敵の貴族と一騎討ちをこなすだけの技量はなかった。そのような将軍に、ヴルド人の兵士たちは従わないのだ。家柄と実力を兵士たちの前ではっきりと示すことができるシュレーアのような者が委任するからこそ、参謀長は指揮官としてふるまうことが出来る。


「わかっていますよ。任せてください、そうそう遅れは取りません」


「男にばかり活躍されるのもシャクでしょう。存分に剣をお振りください、殿下」


「それは言わないでくださいよ。気にしないようにしているんですから」


 口をへの字にしてシュレーアはそっぽを向いた。男である輝星に守られるような状況が続いているが、(ヴルド人の)女としてはプライドを傷つけられること甚だしい。しかも一朝一夕どころか百年たっても追いつけるかどうかも怪しいほどの実力を輝星は持っているのだから、手に負えない。輝星とともに戦う限り、この感覚はいつもシュレーアに付きまとうのだ。


「とにかく、私は出来ることをやるだけです」


 しかし、シュレーアの表情はあくまで晴れやかだった。別に、ストライカーの腕が輝星に及ばなくても、彼女の目的は達することが出来るのだ。ならば、シュレーアはそれに向かって努力し続けるだけだ。


「あの傭兵が殿下に惚れるような大活躍をお願いしますよ、殿下。交際までこぎつければ、あとは当家が最大限バックアップして結婚までこぎつけさせて見せますから」


 すまし顔でそんなことを言う参謀長に、シュレーアは凄まじい表情を浮かべて彼女の顔をまじまじと見た。参謀長はすまし顔で頷いている。どうやら本気のようだ。


「私は殿下が赤ん坊のころから陛下に奉公しているのですよ? あなたはいわば孫のようなもの。その初恋を応援するくらいはしますよ、当然ね」


「それはありがたい限りで」


 思ってもみない方向からの応援に、シュレーアは嬉しそうに笑った。そして、座っていた指揮官席から立ち上がる。


「ますます負けられなくなりましたね。それでは、ってまいります」


「ご武運を」


 艦橋を出ていくシュレーアの背中に、参謀長は深々と頭を下げた。

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