第七十話 天轟(2)

 時は戻って現在。ノラの発した四天という言葉は、大きな衝撃とともに敵味方の間に広がっていった。


「四天!? ノラ様が来てくれたの!?」


「あたしたち、見捨てられたわけじゃなかった!」


「"轟天"といえば帝国最強の一人! 勝ったな!」


 "ヴァライザー"の敗北で士気が底をついていた帝国兵たちのテンションが一気に上がる。鈍っていた動きがあっというまに良くなり、いくつかの部隊がシュレーアたちを追って飛び立つ。その様子をちらりと見て、輝星が嬉しそうに笑った。


「これだから戦場はやめられない。楽しいな、ええ?」


「輝星さん! 気を付けてください。四天といえば、帝国でもっともすぐれたパイロットに与えられる称号!」


 砲兵隊との合流を急ぐシュレーアが鋭い声で警告した。


「油断のならない相手です! 注意を!」


「わかってるよ」


 輝星は頷きながら、使い物にならなくなったフォトンセイバーをハードポイントに戻した。そしてその代わりにブラスターライフル腰のハードポイントから引き抜き、構える。装着された銃剣がギラリと輝いた。


「ふっ!」


 最初に動いたのはノラだった。"ザラーヴァ"の背部に装備された大型のスラスターが爆炎を上げて強力な推力を生み出す。


「来たか!」


 彗星のように尾を引きながら急迫する"ザラーヴァ"に、輝星は容赦なくブラスターライフルを浴びせかける。


「なんの!」


 大推力を巧みに使ってそれを回避するノラ。小惑星の岩肌を蹴ってジグザグに機動しつつ、両手のブラスターマグナムを乱射した。一発撃つごとに大型の粒子カートリッジが排出され、小さな砲身に見合わぬ太いビームが輝星に向かっていく。しかし彼はそれを、左手で抜いた予備のフォトンセイバーで弾き飛ばした。打ち返されたビームはまっすぐに"ザラーヴァ"に飛んでいく。


「噂通りかっ!」


 しかしノラも伊達ではない。こなれた動作でそれを避け、スラスターを吹かす。小惑星上の砂塵が吹き飛ばされ、もうもうと煙が上がった。


「中距離戦は不利、しかし近接戦は望むところデスよ!」


 八重歯をむき出しにした獰猛な笑みとともにノラはスラスターを全開にした。煙幕のように巻き上がる粉塵を背に突進してくる"サラーヴァ"の加速力は尋常ではない。おそらく比推力は"カリヴァーン・リヴァイブ"よりも高いだろう。


「ははははっ! 良いぜ、どんな距離だろうが付き合ってやらァッ!」


 輝星もフットペダルを踏み込む。彼我の距離はあっという間に目と鼻の先へ。


「はっ!」


 アンカーの作動した脚部で岩肌を削りつつ、鋭い動きでブラスターマグナムを突き出すノラ。しかしその指がトリガーを引くより早く、輝星の銃剣がマグナムを弾いて射線をずらした。一瞬遅れて発射されたビームは無為に岩を焼くだけに終わる。


「だがっ!」


 だが、マグナムはもう一挺あるのだ。その砲口が"カリバーン・リヴァイブ"のコックピットに向けられる。


「やらせるかっての!」


 強烈なハイキックが"ザラーヴァ"の腕を襲う。銃を取り落とすことはなかったものの、その青いマッシヴな機体の態勢がぐらりと揺れた。


「ちぃっ!」


 ノラはそれを無理やり立て直そうとはしなかった。代わりにスラスターを噴いて飛び上がりつつ宙返りする。


「軽業だって得意なんデスよ! こっちはッ!!」


 宙返りと同時に両手のマグナムを一気に連射した。赤いビームの猛打が輝星に向かう。


「迂闊!」


 が、その射撃はすべてフォトンセイバーによって弾き飛ばされた。当然、その向かう先は"ザラーヴァ"である。


「うっ……このッ!」


 姿勢制御スラスターを全開にしてそれを何とか回避するだが、さらに輝星はブラスターライフルで追撃を仕掛けてくる。なんとかそれを回避していくノラだったが、その顔には冷や汗が浮かんでいる。


「弾が吸い付いてくる……なんデスか、コイツ!」


 いつもならばこの距離で撃たれたところで回避はたやすいのだ。しかし輝星の放つビームは、まるでどこへ回避するのかわかっているように正確にノラの動いた先へと飛んでくる。ノラの並外れた反射神経と"ザラーヴァ"の運動性がなければとうにハチの巣だろう。


「くっ、下手な距離で撃ったら逆に不利になる、突っ込むしかないデスね!」


 しかし、ノラにも帝国最強の自負がある。ここで退くなどあってはならない。無理やりに笑みを浮かべつつ、スラスターを全開にして輝星に突っ込んでいく。


「たまらないなぁ! それでこそだッ!」


 迎え撃つ輝星は心底楽しそうな満面の笑みだ。手加減なくブラスターを連射して弾幕を張る。


「ちょっとばかり当たったって! この"ザラーヴァ"ならッ!」


 回避運動は最低限のみ。数発被弾するが、厚い正面装甲と高性能な回生装甲コンデンサーのおかげで大きなダメージはない。


「思い切ったことをッ! だがそれがいいッ!」


 笑う輝星だったが、ブラスターが弾切れだ。排出される空マガジンを見てノラが叫んだ。


「そこだッ!」


 彼女の指がトリガーを弾く。"ザラーヴァ"の胸部に装備された大口径短砲身のグレネードランチャーから砲弾が放たれた。飛翔したグレネード弾は輝星が切り払うより一瞬早く近接信管を作動させ、真っ黒いスモークをまき散らしながら破裂する。


「そう言う手も持ってるのか!」


 ちらりとレーダーを確認つつ輝星が唸った。電波攪乱膜チャフを含んだ煙らしく、光学カメラだけでなくレーダーも使用不能になっていた。


「獲ったッ!」


 この煙幕の中ならばさすがにビームも弾けまい。ノラは会心の笑みを浮かべつつブラスターマグナムを連射した。

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