第五十一話 闖入者
「答えなさい! どうしてあなたがここに居る! ヴァレンティナ・トゥス・アーガレイン!」
突然のあり得ない邂逅に、シュレーアは密かに着物に忍ばせておいた愛用のリボルバーを抜いた。大口径の銃口がヴァレンティナに向けられるが、彼女は涼しい顔で手を振った。
「おっと、安心してほしい。何も喧嘩を売りに来たわけではない。むしろ親睦を深めに来たのさ。━━君たち、私は大丈夫だ。外で待っていてくれ」
最後の言葉は、背後に居るらしい護衛達に向けたものだ。銃口を向けられたまま、ヴァレンティナは個室に侵入し襖を占めた。
「やあ、我が愛。久しぶりだね。元気にしていたかな?」
「い、いや、あんまり……」
なんでもないような表情をして問いかけてくるヴァレンティナに、輝星は引きつった顔で答えた。ほんの先日まで入院していたのだから、元気でなかったのは確かだ。
「それはいけない! 先の戦いは、なかなかの激戦だったからね。きみも大変だったんだね」
「無視しないでいただけます!? 今すぐあの世に送って差し上げてもよろしいのですが!?」
「ははは、そんな涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で凄まれても怖くもなんともないよ」
「なんだとぉ……!」
本気でぶっ放してやろうかと、銃のハンマーに指をかけるシュレーア。しかし、ヴァレンティナはそれを制止する。
「やめたほうがいい。ここは交戦区域じゃないんだ。外交問題になってしまうぞ」
「くっ……」
戦争中とはいえ、無関係な他国の領地で争いを起こしたとなれば問題になる。ヴァレンティナの方も武器を出す様子がないので、シュレーアは不承不承リボルバーをホルスターに戻した。
「それでいい」
ニヤリと笑うヴァレンティナ。シュレーアはギリリと奥歯を噛み締めた。
「で、でもホント、なんでこんなところに居るの? 皇族が来るような店じゃないと思うんだけど、ここ」
おずおずと輝星が聞いた。この店はあくまで庶民向け、皇族どころか普通の貴族ですらまず訪れないだろう。まあ、そんなことを言えばシュレーアも一応皇族なのだが……。
「なに、私もこの星系に用があってね。たまたま立ち寄った港で、皇国も取引の交渉のために皇女自ら来ていると耳にしたのさ。この女が居るということは、たぶんきみも同行してるんじゃないかとね」
「い、いや、しかし店まで特定するというのは」
「きみのことはいろいろ調べたんだ。好物、趣味、行きつけの店……この星に来たのならば、向かう店はここだろうと見当をつけたわけだよ」
「やはり陰湿変態ストーカー……!」
ドン引きした表情でシュレーアが呻いた。
「ははは、なんとでも言うがいい。わが愛、隣に座らせてもらうよ」
「あっはい」
当然のように隣に腰掛けるヴァレンティナに、輝星は頷くしかできなかった。その隙にシュレーアが顔を拭く。確かにこんな顔では凄んだところで何の効果もない。滑稽なだけだ。
「お待たせしました」
そこに、シュレーアが注文した大盛ご飯を持ってきた仲居姿の店員が入ってきた。そしてただならぬ雰囲気で向かい合う二人の姫を目にして、あらあらと笑う。
「なかなか大変なことになってますね、北斗さん」
「ま、まあ……ははは」
顔見知りにそんなことを言われれば、輝星は笑ってごまかすしかない。店員は苦笑して、シュレーアの前に茶碗を置く。
「負けちゃだめよ、女ならガッと行きなさいガッと!」
シュレーアの耳元でそんなことをささやくウェイトレス。思わぬ励ましに彼女はコクコクと頷く。
「すまない、具材をもう一人前用意してほしい」
「はいはい、ただいま」
すました顔で注文を出すヴァレンティナ。店員は笑顔で「はい只今」と部屋を去っていった。
「さてさて、だ。実はね、悪いとは思ったんだが……君たちの話は外で少し聞かせてもらったんだ」
笑顔でそんなことをいきなり言い出したヴァレンティナに、シュレーアの顔面が蒼白になった。親兄弟にも聞かせたくないような発言をしたばかりなのだ。それをこの宿敵ともいえるような女に聞かれたなど、あってはならないことだ。
「ど、どこから聞いていたのですか……!」
「ちょうど、我が愛が戦う理由を語ってくれていたところさ」
嘘だ。しかしさしものヴァレンティナも、武士の……いや、騎士の情けはあった。
「そ、それならいいのです。それなら」
まさか仇敵から情けをかけられているとは思ってもみないシュレーアは、すっかりその言葉を信じて胸を撫でおろした。輝星がちらりとヴァレンティナの方を見ると、彼女は悪戯っぽく笑って返す。
「前々から、私は不思議に思っていたんだ。なぜ我が愛ほどの人物が、傭兵などやっているのかとね。ここまでの腕だ、仕官先などより取り見取りだろうに……とね」
シュレーアの件は話題に出す気がないのだろう。ヴァレンティナは気にせず話を続けていく。
「出来るだけ人の死なない戦いがしたい。なるほど、一兵士の身の上ではそんなことは不可能だ。納得したよ」
「ろくでもない願望だとは思ってるよ。俺は人の命を桜か何かと勘違いしているフシがある」
腕を組みながら、輝星が口をへの字にした。人命重視といえば聞こえがいいが、その実態はかなりの悪趣味な嗜好だと輝星は思っていた。
「ふふふ、いいじゃあないか。命を懸けて戦う人間ほど貴い、それは貴族という身分の根底にある考え方だ。私も理解できるとも。そして━━」
にやと笑って、ヴァレンティナは親しげに輝星の肩に腕を絡めた。
「それが失われるのは勿体ないというのもね。人命は取り返しのつかないものだ。替えの効く道具などではない。わたしたちは、思想を同じくしているということだ。こんなにうれしいことはない」
「は、はあ」
青筋を浮かべるシュレーアを伺いつつも、輝星は頷く。まさか理解者が出来るとは思いもしなかった。とはいえ、底知れない彼女のことだ。単に耳触りのいい言葉を並べてこちらを篭絡しにかかってるだけかもしれない。
「だからわたしの心は、今日ここで決まった。何を目指すべきなのかが、はっきりわかったのさ」
「ど、どういう?」
「わたしは帝国をこの手に納める。そしてそれを、きみと……我が愛と共有しよう。わたしたちの国を作るんだ」
その突拍子もない発言に、輝星とシュレーアは「は!?」と声をハモらせた。
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