第十八話 楽観的な作戦

「そもそも……あたしらはいつまでこの星系にいればいいんです?」


 人気のない会議室。テーブルに頬杖を突いたサキがふてぶてしい態度でシュレーアに聞いた。


「敗色が濃いってのに、プラプラ遊んでる暇もないでしょう? あたしらも前に出た方がいいんじゃないですかね」


 実際のところ、それは輝星も気になっていたことだ。先の戦闘以来、"レイディアント"とその護衛艦はベサリア星系に留まったままだ。被害を受けた民間施設や軍事基地への救援は、別に工兵部隊がやってきて行っていた。わざわざここに居続ける意味などなさそうなものだが。

 

「そうもいきません。劣勢だからこそ、不用意な行動はするべきではないのです」


 ため息をつきながら、シュレーアは答えた。これ以上皇国軍が大きな被害を受ければ、今度こそ再起不能になってしまう。軍の質は向こうの方が上なのだから、下手に反抗作戦など狙っても返り討ちにあうだけだ。

 

「現在、帝国軍の動きはあまり活発なものではありません。終末爆撃で民間施設ごと焼き払っているのですから、セルフ焦土作戦をしているようなもの。さしもの大国とはいえずっと体勢を整えながらでなければ動けません」


 複雑そうな顔でシュレーアが続ける。少なくない数の自国民が犠牲になっているのだから、当然のことだ。

 

「で、相手が動き始めたところで出鼻をくじくつもりと」


 腕を組みながら言う輝星に、シュレーアは頷いた。


「攻撃戦よりはまだ、防衛戦の方が寡兵でも戦いやすいのです。次の帝国の侵攻作戦を守り切り、戦力を可能な限り削る。そして反抗に繋げるというのが現在の方針というワケですね」


「言っちゃなんですが……かなり賭けに近い作戦なのでは」


「それは……否定できません」


 サキの一言に、シュレーアが目をそらす。まず防衛戦で勝ち、そしてそのあとの反抗作戦にも勝たねば皇国の勝利はおぼつかない。今まで負けっぱなしだというのに、いきなり連戦連勝になるなどというのはあまりにも楽観的なものの見方だ。

 不機嫌そうに、サキは足を組んだ。彼女とて帝国の所業には思うところがある。勝てなくとも精いっぱいは暴れてやるという気概が彼女にはあった。

 

「ま、大丈夫ですよ。俺がいるんですから」


 しかし、暗い空気などまったく気にしないように輝星は言った。

 

「多少の戦力差なんぞ問題ありません。局地戦でひっくり返せばよろしい」


 封建制を取り、少数の貴族が大衆を支配するという政治体制上、ヴルド人軍隊は指揮官の喪失に弱い。雇用主であり監督者でもある貴族が墜とされれば、平民の一般兵士は戦意を喪失するからだ。

 

「……それができたら苦労しないんじゃねえのか?」


 とはいえ、そんな欠点は貴族も理解している。だからこそ戦場に立つ貴族はゼニス・タイプのような超高性能機をもとめ、戦技を限界まで磨くのだ。とくに戦争の趨勢を決めるようなトップ層の貴族は皆とてつもない強敵と考えてよい。そんな連中を次々と撃破するのは極めて難しいだろう。

 

「そりゃあ一筋縄ではいかないよ。けどさ、出来るんだよ。なんてったって俺は北斗輝星……"凶星"だからな」


「"凶星"ね。ふん、言いやがる」


 サキはニヤリと笑った。

 

「いいさ。フカシじゃないのはわかってる」


「その通り。結局のところ、負け続きの我々に勝ちの目があるとすれば、それは輝星さんの存在に他なりません」


 真剣な表情でシュレーアは輝星の目を見た。アクアマリン色の目には、複雑な感情が浮かんでいる。情けない話だと、彼女は心の中で自嘲していた。

 

「この皇国第三艦隊は、機動力と打撃力を重視した編成です。役割で言えば、槍。輝星さんの役目はその穂先というわけです」


「結構結構。何が相手でも貫いて見せますよ」


「自信家ですね、輝星さんは」


 この男、実力もさることながら自己評価もかなりのものだ。シュレーアは思わず笑ってしまった。

 

「とりあえず、今伝えられるのはこのくらいです。牧島中尉もこれで満足しましたか?」


「ええ、まあ」


 ぶっきらぼうに応えるサキ。そこで、輝星がスッと手を上げた。

 

「話が終わったのなら、ちょっと関係ない話なんですけど一ついいですか?」


「なんでしょう」


 にこりと笑うシュレーア。

 

「外出禁止の件なんですけど、ここの牧島さんがボディーガードやってくれるらしいんですよ。だから、部屋の外へ出るのを許してほしいんです」


「……」


 質問には答えず、シュレーアは能面めいた笑みでサキを見た。サキはサキで「ふん、そういうことか」と独りごちてその好戦的な笑みを浮かべる。

 

「駄目です」


「えっ何故に?」


 身の安全が保障されるならいいのではないか。輝星はいぶかしんだ。

 

「輝星さんのエスコートは、私がします。ここ数日は忙しく、ご不便をおかけしましたが……。大丈夫、これからは可能な限り外出の要望にはお答えしますよ。牧島中尉の手を煩わせる必要などありません」


「何を言ってるんですか、殿下。あなたも忙しい身でしょう? 大丈夫、こいつの面倒はあたしが見ますよ。任せてください」


「まさか。紳士の身を守るのは騎士の本分です。いくら戦時下とはいえそれをないがしろにするわけにはいきませんよ」


 優雅に笑いながらサキを見据えるシュレーア。

 

「"ダインスレイフ"を受領するときに、騎士位を貰った気がするんですがね、あたしも」


「騎士というのは心構えであって、位の問題ではありませんよ」


「なんでこんなくだらないことでいがみ合ってるんですかあなた達は」


 突然険悪な空気が戻り、輝星は額に手を当てた。

 

「どっちもボディーガードしてくれるってんなら有難い話ですよ、ええ。ありがとうございます。手の空いている方へ連絡しますから」


 そう言ってもなお剣呑な目つきでにらみ合う二人に、輝星はため息をつくことしかできなかった。

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