第十七話 強さの理由

「どうでした? "カリバーン・リヴァイブ"の調子は」


「いい感じだと思いますよ。ただ、操縦系はもっとおとなしい方が好きっすね」


 模擬戦が終わって、三十分ほどの時間がたった。輝星はストライカー格納庫で、先ほどの整備員と機体の状態についての話をしていた。

 

「意外ですね。エースの人ってだいたいピーキー極まりない設定にするのに」


「あんまり敏感でもね、戦闘中以外には使いにくいんすよね。戦闘中はコンマ一秒を争うような忙しい入力には操縦桿使いませんし」


「そんなもんですかね? ま、調整しときます」


「お願いします」


 整備員に一礼する輝星の肩を叩くものが居た。振り向くと、そこにはタオルを肩にかけたサキが不満げな顔で立っていた。

 

「おい……時間、空いてるか」


「たぶんね」


 周囲を見回してから、輝星は答えた。シュレーアを探したのだ。しかし彼女は見当たらない。大方参謀辺りと会議でもしているのだろう。皇女だけあって、なかなか忙しいようだった。

 

「どういう要件?」


「いや、その……なんだ」


 しどろもどろになりながらそっぽを向くサキ。その頬は赤く染まっていた。

 

「……小腹が空いたな。よかったら売店案内してくれない?」


「ちっ、しょうがねーな。ついてこい」


 言葉とは裏腹に、サキの表情は明るかった。

 

「いやあ食った食った。やっぱ日明の味噌は神だわ」


 しばしたって、艦内のパイロット用休憩室。輝星とサキは向かい合わせの小さなテーブルに座っていた。二人ともパイロットスーツを脱ぎ、サキは皇国の軍服。輝星は普段のフライトジャケット姿だ。

 輝星の前には、空になった発泡スチロールのカップが置かれている。売店で買ったカップラーメンだった。

 

「……好きなのか? それ」


「カップ麺全般ね。説明通りに作れば俺みたいな不器用でも旨いものが作れる。文明の勝利って感じだ」


「ふーん」


 そういうサキの前には、大量の惣菜パンの包装ビニールが乱雑に丸められていた。軽食というにはかなり数が多い。

 

「で、何さ。用事があったんでしょ?」


「まあ、大した用事じゃねえけどよ」


 グチャグチャになったビニールを指先で弄りつつ、サキが目をそらす。

 

「その……ちょっと聞きにくいんだけどよ」


「うん」


 しばらく黙ってから、サキは続ける。

 

「お前、なんであんなに強いんだ?」


 意を決したように切り出し、彼女は続けた。

 

「ちょっと……いや、かなりおかしいだろ。そりゃ、あたしも戦場で強ぇやつはいっぱい見てきたけどさ。レベルが違うっつーか」


 あまりにも圧倒的。あまりにも異質。訓練機で帝国のゼニスを倒したという話も、サキは聞いていた。最初はデタラメだと思っていた彼女だったが、輝星の強さをいやというほど思い知った今となっては認めるしかない。

 

「なんかさ……怒らないでくれよ? ズルされてるみたいな感覚があったんだよ。じゃんけんで後出しされたみたいな」


 そこまで言って、サキは輝星をうかがうように見た。


「いや、お前が卑怯な真似をしてるって言いたいわけじゃねーんだ。負けも認められずに相手のせいにするような女らしくねえ真似はしねえ。けど……」


「いや、その感覚は間違ってないぞ」


「えっ」


 思いもよらぬ言葉に、サキは輝星をまじまじと見つめた。彼はニヤリと笑い、指をくるくる回す。

 

「じゃんけんでさ、相手が何を出してくるのか分かってれば、百回やっても百回勝つだろ?」


「まあ、そりゃそうだけどよ」


 それが出来たらだれも苦労しない。サキは渋い顔になった。

 

「なんだよ、お前。自分がエスパーだとでも言いたいわけ?」


「違う違う。I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェースだよ。牧島さんの機体にもついてるだろ」


 I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェース、それはストライカーに標準装備されている操縦装置の一つだ。無線でパイロットの脳波を受信し、機体の細かい制御を行う。そして逆に機体からのフィードバックをパイロットの脳に送信する。そうすることで、人型という複雑な形状をしているストライカーを自在に操縦することが出来るのだ。

 

「当たり前だろ? だから何だってんだよ」


I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェースってさ、パイロットの思考をコマンドとして受け取ってるわけじゃん?」


「ああ」


「相手のパイロットの脳波も同じように受信すれば、次に相手がどういう動きをするのかわかる訳よ」


「は?」


 サキが眉を跳ね上げた。理屈はわかるが、無茶苦茶が過ぎる。I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェースはあくまで単なるコントロール・デバイスだ。そんな機能はない。

 

「おかしいだろ、それ。敵の思考まで拾ったら、そいつがコマンド扱いになって自分が操縦できなくなるじゃねえか」


I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェースがコマンド扱いする、しないは脳波信号の強弱だ。信号として拾ってないワケじゃない。それを読み取るんだよ」


「……できるのかよ、そんなことが」


「できる。やってる」


 躊躇なく肯定する輝星に、サキは腕を組んで眉根にしわを寄せた。冗談としか思えない言葉だったが、しかし演習での輝星の動きを思い返してみれば確かに辻褄は合う。完全にサキの動きが読まれていたとしか思えない状況が頻繁にあったのだ。

 

「……そうか。どうすればそんな真似できるようになるんだよ」


「手や足の動きじゃないんだから、口じゃ説明できないよ。I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェースとのシンクロにも個人差があるわけだし」


 輝星の答えは無慈悲なものだった。しかし彼はこう続ける。

 

「ただ、一つ言えることは戦場では常に心を静めておくべし、ということ。余裕があって、冷静でなけりゃ小さい小さい相手パイロットの脳波なんか感知できないからさ」


 冷静という言葉に、サキは苦い顔をした。


「く……そりゃああたしは熱くなっちまうタイプだけどさ。お前も大概だろ」


「熱くなるのは何も間違ってない。牧島さんはそのままでいるべきだ」


 優しい声で輝星は答える。むしろ、その熱さこそパイロットに一番必要な資質だと輝星は考えていた。彼が戦場で大声を出すのも、自身に気合を入れるためだ。

 

「肝心なのは魂は熱く、そして心は静かに。その両立だよ」


「矛盾してねーか、それ」


「してないんだなァ、これが」


 笑いながら、輝星は肩をすくめた。

 

「ま、でも結局口でどうこういっても仕方のない部分はある。感覚的なものだからな」


「そりゃあな」


 ため息をつくサキ。

 

「何にせよ、お前がとんでもねーパイロットなのはわかった。ナメた口聞いて……その、まあ……悪かったよ」


「気にしてない。言われ慣れてるからな」


 それはそうだろなと、サキは苦笑いした。男だてらにストライカーを駆り、戦場を渡り歩くなど正気の沙汰ではない。今までさぞ周囲からいろいろ言われてきたことだろう。

 

「けどやっぱ……男が戦場に出るのはよくねーよ。お前より弱いあたしがどうこういうのもおこがましいけどさ」


「やっぱ気に入らない?」


「当然。万一墜とされて捕虜にでもなってみろ。死ぬよりひどい目にあうぞ」


「墜とされなきゃ大丈夫だ。俺最強だからへーきへーき」


 気楽に言う輝星にサキは眉をひそめ、周囲を見回した。この休憩室はパイロット用だから大して人がいるわけではないが、軍艦ではほぼ絶対に見ることのない男がいるのだ。室内にいるほぼすべてのパイロットたちから輝星は注目されていた。

 

「味方にだまし討ちされることもある。いくらストライカーに乗るのがうまくったって、腕力に訴えられたら男なんて簡単にねじ伏せられちまう」


「それは……まあ」


 先日チンピラに絡まれた時のことを思い出して、輝星はうなった。ヴルド人の女性の筋力は、地球人テランのマッチョ男など優にしのぐ。まして地球人テラン男性としてはかなり貧弱な輝星では抵抗もままならないだろう。

 

「いままで無事だったのが奇跡だよ」


「頼りになるマネージャーがいたから……。前の仕事を最後に寿退社しちゃったけど……」


「マジかよ」

 

 半目になってサキが言った。彼女から見れば、輝星はあまりにも無防備すぎる。女所帯の軍隊で一人フラフラしていたらタダでは済まないだろう。

 

「……ちっ、しょうがねえ。あたしが守ってやるよ」


 しばらく黙って、サキは顔を真っ赤にしながらこう言った。視線は完全に反らしている。

 

「トクベツだぞ、ホント。あんまり危なっかしくて見てられないからな、お前」


「えっマジで?」


 この提案に、輝星は椅子を蹴るように立ち上がった。そしてサキの手を握ってブンブンと振る。

 

「いやあ有難いなあ! 思った通りいい人だよ牧島さんは!」


 護衛付きならシュレーアも外出を許してくれるだろう。輝星は軟禁生活の終わりを確信して大喜びした。


「おっ、おま、手……お前!」


 突然のことに顔を真紅に染めてサキは絶句した。さらに何か言おうとするが、それより早く大きな声が二人に投げかけられた。

 

「おやおや輝星さん! こんなところに居ましたか。探しましたよ」


 声の出所に首を向けると、そこには満面の笑みを浮かべたシュレーアが居た。

 

「おや……。輝星さん、いけませんよ? 女性に軽々しく触れては……。勘違いさせてしまいます」


「勘違い?」


 輝星はいまいちどういう意味なのかは分からなかったが、確かに突然他人に触るのは失礼だと思い手を離した。サキの目が、どこか惜しそうに彼の手を追う。そして不愉快そうにシュレーアをにらみつけた。

 

「殿下、どのような御用で?」


「いえ、あなたに用事があるわけではありません」


 その視線を正面から受け止めたシュレーアは、表情こそ笑顔だが目は笑っていなかった。

 

「今後の方針が決まりましたので、輝星さんに伝えておこうかと」


「ふーん……。じゃ、その話はあたしも聞いておきましょうかね。艦隊のエースとしてはやっぱり、作戦は知っておかなきゃまずいでしょ? やっぱ」

 

「ふっ」


 余裕ありげな顔で、シュレーアは頷く。

 

「いいでしょう。着いてきなさい」


 休憩室でする話ではないということだろう。踵を返して歩き始めるシュレーアに、二人はあわてて立ち上がった。

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