第四話 そんな機体で大丈夫か?
「"凶星"がこの星系にいるって噂、聞いた?」
惑星ベサリアのほこりっぽい大気を切り裂いて飛ぶ一機のストライカーのコックピットで、少女パイロットが僚機にのんきな声で話しかけた。
「"凶星"って、あの?」
「そうそう。戦場で一たびその姿を見れば、必ず堕とされる凶兆の星……なんて言われてるアレ」
「マジ? あたしら、ヤバイじゃん」
動揺の声を上げる僚機のパイロット。ストライカーのパイロットの多くが耳にする都市伝説の一つが、凄腕の傭兵"凶星"の噂だった。
「楽な任務のはずだったのになァ」
僚機がぼやく。監視はザル、迎撃機も旧式ばかり。予定では半日足らずで制圧が完了する簡単な作戦なのだ。被撃墜の憂き目を見るのは勘弁願いたい話だ。
「くだらないことを言ってるんじゃないよ」
会話に割り込んできたのは、蓮っ葉な口調のハスキーな声だった。小隊長だ。
「そんな弱気じゃあ"凶星"どころか
嘲笑するような声に、少女パイロットは口を一文字に結んだ。
「それに噂が本当なら、"凶星"とやらは絶世の美少年らしいじゃないか。捕虜にして滅茶苦茶にしてやりたくないかい?」
その言葉に、少女は反射的にコンソールに張り付けたピンナップ写真に目をやる。そこには半裸の美少年モデルが写されていた。そっと唇をなめる少女。
「確かに」
女所帯の軍隊暮らしだ、性欲は溜まりにたまっている。
「ま、"凶星"サマをご招待できなくとも、市街地に行けばいい男の一人や二人いるはずさ。こんな辺境だ、ちょっとばかりハメを外しても誰も文句は言わないよ」
「いいんですか?」
僚機が歓喜の声を上げる。
「もちろんさ。でも、まずは仕事だよ。事前情報によれば、この辺りに迎撃機が発進する地下リフトの出入り口があるはずだ。調べるよ」
隊長の命令に従い、周囲にセンサー・スキャンを走らせる。果たして妖しい場所は……あった。、ストライカー用のリフト・ハッチだ。巧みに偽装はされているものの、諜報部が事前に調査した情報によりだいたいの場所に当たりをつけているので、発見は難しいものではない。
「よし、全機着陸。ダミーかどうか調べた後、アタリなら後詰を呼ぶ。いいね」
「はっ!」
俄然やる気の出てきた少女は大声で返事をし、荒野然とした大地に機体を着陸させる。赤茶けた砂ぼこりがスラスター噴射で巻き上げられ、もうもうと煙が舞う。
「ん……? 隊長、振動センサーに感あり。敵機がこのリフトを使っているのでは」
「ふ、飛んで火にいる夏の虫ってヤツかい。かわいそうな敵だこと。エリティ、お前がやりな」
「了解」
エリティと呼ばれた少女は愛機に
「楽に撃墜一、美味しいわね」
一方、リフトで地上へ昇っている最中の"グラディウス改"。そのコックピットで、輝星が「ほほぉ?」と唸った。
「ど、どうかしたのですか?」
「いやぁ?」
気楽に応える輝星。
『地上まで残り十秒』
機体AIが感情のこもらない声でアナウンスした。
『残り五秒。三……二……一』
地上の明るい光が、コックピットのモニターいっぱいに広がった。それと同時に、赤いビーム光が弾ける。
「効かないんだよなァ! これが!」
敵機の攻撃だとシュレーアが悟るより早く、輝星が叫ぶ。いつの間にか、"グラディウス改"の右手には緑色のビーム刃を展開した
「なっ……敵機!?」
メイン・モニターには武装した赤いストライカーが三機映っていた。機体コンピュータが自動で機種照合を行い、"RMX-55ジェッタ"という表示が浮かび上がる。
「しかし、これは……」
だが、不可解なことにブラスターライフルを構えていた一機の腹には熱線で開けられたと思わしき大穴が開いていた。一瞬遅れ、その"ジェッタ"が轟音とともに倒れる。
「打ち返しただぁ!? ライフルを、セイバーで!?」
異様な状況で正しい状況判断ができたのは、隊長ただ一人だった。歯噛みし、自らもライフルを構えさせる。そして躊躇なく発砲。
赤いビームが"グラディウス改"に迫る。しかし輝星は冷静にフォトンセイバーを振るう。特徴的な甲高い音とともにビームが弾き飛ばされ、そのまま射手の元へと帰ってゆく。まるでバッターに打たれた野球ボールだ。
「ぐっ……」
隊長機はかろうじてこれを左腕のシールドで防ぐ。しかしこれを読んでいた輝星は機体のスラスターを吹かし隊長機に肉薄する。
「こ……の野郎!」
"グラディウス改"の射撃武装が対艦ガンランチャーしかないことを見て取った隊長は、即座に自機にライフルを捨てさせ、肩のウェポンラックからフォトンセイバーを抜いた。
「ケイ! あたしが抑える! 距離を取ってライフルで狙うんだ!」
突進を止めるべく、フォトンセイバーを構える隊長機。だが両機が衝突する瞬間、輝星は操縦桿を引きフットペダルを思いっきり踏み込んだ。
"グラディウス改"は突如ふわりと浮き上がり、後退に転じる。そのせいで煙が巻き上がり、隊長機をモロに包み込んだ。
「目つぶし? 小癪な!」
光学カメラを封じられたとて、レーダーも赤外線センサーもある。位置を見失ったりはしない。轟音を立てて着地する"グラディウス改"に向けて機体を前進させる。
「喰らいやがれ!」
襲い掛かってくる赤い光刃を、輝星は正面から受け止めずフォトンセイバーで受け流した。センサー頼りでは相手の細かい動きには対応しきれず、隊長機はたたらを踏んで姿勢を崩した。
わずかにスラスターを焚く輝星。同時に轟音と衝撃が"グラディウス改"のコックピットを揺する。左腕の
「残り一機!」
作動油に濡れた鈍色の杭が巻き取り機構により元の位置に戻る。腹部に据え付けられたエンジンを完全に破壊された隊長機は、一瞬にしてそのすべての機能をダウンさせ地面に崩れ落ちる。
「パイル……バンカー!? まさかコイツが"凶星"!?」
最後の一機のパイロットが悲痛な声を上げ、半ば本能的にトリガーを引いていた。ブラスターライフルの砲口が瞬き真紅のビーム光が大気を灼く。しかし……。
「ビビッて撃つくらいなら退きゃあいいものをッ!」
フォトンセイバーによってビームはたやすく弾きとばされた。輝星はフットペダルを踏み込み、機体を敵機に向けて加速させる。"グラディウス改"のコックピットには、ロックオン警告がうるさいくらいに鳴り響いていた。肝を冷やすその電子音に、シュレーアは完全に顔を青くしている。
そして顔色を失っているのは敵機のパイロットも同じだ。なんとか撃ち落とそうと、ライフルの射撃を続ける。一射、二射、三射。だが結果は変わらない。
「ヒッ……!」
とうとう完全に戦意を失い、敵パイロットはライフルを捨て機体を反転させた。スラスターを焚いて空へと飛び立とうとした瞬間、その背中に杭が突き刺さる。
轟音を立て、"ジェッタ"が地面をえぐりながら吹っ飛んでいく。輝星が機体を停止させた。モーター音とともに黒光りする杭が射出機構に収納されていく。
「……とりあえず三機撃墜。腕前を示すには十分ですかね?」
どこか不満げな声で、輝星がシュレーアに聞く。
「あ、ああ……」
それに対し、彼女はどうにかこうにか頷くことしかできなかった。
「十分すぎるくらいですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます