第三話 敵襲への対応

「敵部隊は戦艦二隻、中型巡洋艦四隻の高速打撃艦隊のようです」


 大型スクリーンに映し出された真紅の宇宙戦艦を指さしながら、オペレーターが言った。

 ここは地下深くに設置されたこの惑星の防衛隊の総司令部だ。赤く暗い非常灯に照らされた十数名のオエペレーターや指揮官たちが、忙しそうに働いている。

 

「現在敵艦隊は本惑星に軌道爆撃を続けており、ストライカー部隊の降下も確認しています」


「クッ……完全に当たりをつけての襲撃ですね。敵に悟られないようわざわざ辺境惑星で接見したというのに……」


「大方、あの新型をたどって来たんでしょうな」


 駐機場の白い人型機動兵器の姿を思い出しながら、輝星がうなった。残念ながら、当の新型は敵の艦隊の軌道爆撃により輝星が一度も搭乗しないまま永遠に失われてしまった。

 

「ええ。索敵網に引っかからなかったということは、相手はそこそこ以上のステルス・システムを装備しているはず……。そしてこのタイミングの良い攻撃、敵指揮官はかなりの切れ者でしょう」


 厄介なことですと、シュレーアは歯噛みしながら腕を組んだ。定期旅客船の着陸を待ち、確実に基地内にターゲットがいるであろうタイミングで撃ってきたのだ。運が悪ければ二人とも最初の攻撃で死体も残さず爆死していた可能性も十分にある。

 

「殿下、本星系の防衛隊ではこの規模の敵部隊を退けることは不可能です! 増援は来ないのでしょうか」


 指揮官らしき女性軍人が、シュレーアに伺いを立てる。

 

「ヴィスラ星系に第三艦隊を待機させてあります。万一の場合はすぐに救援に来るよう申し付けていますが……」


「ヴィスラ!? 足の速い巡洋艦でも半日はかかる場所ではありませんか! 持ちませんよ、そんなには!」


 ヒステリー気味の指揮官の声に、シュレーアは額に手を当てた。確かにその通りだ。敵に自分の動きを気取られないためにわざと遠くに部隊を配置したのだが、完全にそれが裏目に出てしまっていた。

 

「まあいまさらそんなこと言ってもしょうがありませんよ、指令殿」


 輝星がフライトジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、不敵に指揮官に笑いかけた。

 

「とりあえず俺が何とかします。ストライカーを一機貸してください」


「ストライカー? 出せる機体はすべて出しています。余っている機体なんて……」


「大佐、"グラディウス改"があります!」


 オペレーターの一人が立ち上がり、大声で言った。大佐と言いつつ、その目は輝星のほうを見ている。

 

「旧式訓練機を無理やり戦闘用に改造した間に合わせ機体でしょう! そんなモノで何ができるというのです!」


「いやいや、十分ですって。ないよりマシってもんです。さ、早く機体のところに案内してください」


「はっ! このエルカ・ラダーソンがただいま案内させていただきます!」


 ギラギラした笑みを浮かべつつ、例のオペレーターが輝星のもとに駆け寄る。緊急時だというのにどうしてこう緊張感がないのか。指揮官は頭を抱えた。

 それから十分後。自前のパイロット・スーツに着替えた輝星は格納庫に移動していた。

 

「なるほど、確かに急造機だ」


 彼の目の前には、青い金属製の巨人が佇んでいた。全高は十二メートルほど。スリムといえば聞こえはいいが、どちらかといえば頼りなく見えてしまうような貧弱な機体に、無理やり不格好な装甲板が溶接されている。

 

「ん、だがそれがいい。嫌いじゃないぜ、こういうの」


 ここまで案内してくれたオペレーターに笑顔で頷いて見せる。彼女は顔を真っ赤にしてコクコクと首を上下に振った。

 

「で、何で殿下までパイロットスーツに? 機体はコイツしか残ってないって話では」


 シュレーアのほうに目をやる輝星。彼女はラバー風の素材でできた、体にぴったりと密着する煽情的な服装に着替えていた。これはストライカーのパイロット用として広く普及しているスーツであり、輝星自身も同様の白いスーツを着ている。


「もちろん、あなたに同乗するためです」


「同乗ぉ!?」


 渋い表情を浮かべる輝星。

 

「訓練機上がりならば、複座のはず。あなたが噂通りのパイロットならば、そのコックピットはこの惑星で一番安全な場所でしょう? 私もここで死ぬわけにはいかない身ですから」


「なっ!」


 オペレーターが非難がましい声を上げたが、シュレーアは無視した。それに、これはあくまで建前だ。

 シュレーアは今まで、男性のパイロットなど見たことも聞いたこともない。それがいきなり目の前に現れたのだから、正直なところ半信半疑である。彼女自身ストライカー操縦の心得はある。いざとなれば自分がコントロールを奪う算段だった。

 

「ええ……」


 輝星としては勘弁願いたいところだが、彼女は雇い主だ。あまり強くも出にくい。

 

「仕方ないですね……」


 彼女の不信感も理解できる。輝星は不承不承頷いた。オペレーターがすさまじい表情でシュレーアを見る。

 

「ま、ゴチャゴチャやってる暇はなさそうですし。さっさと行きましょう」


 言うなり、二人は整備用のガントリー・クレーンのカーゴへ乗った。操作盤をいじり、胸部にあるコックピット・ハッチの前へ。狭いハッチをくぐり、二人はコックピットへと入った。

 

「くっそ、狭いなぁ……」


 十二メートルというストライカーのサイズは人型をしているために大きく見えるが、人が搭乗する機動兵器としてはかなり小柄といえる。当然コックピットに使えるスペースは狭く、まして複座ともなればほとんどタコツボの様相だ。

 上下に分かれた上のコ・パイロットシートにシュレーアが。そして下のメイン・パイロットシートに輝星が座る。スペースが狭いため、シュレーアの股ぐら近くに輝星の頭があるような状態だ。やりにくいことこの上なかった。

 

「ふ、複座機など久しぶりのことですから、忘れていました」


 赤面しつつそんなことをのたまうシュレーア。

 

「も、申し訳ありませんが……さ、触ってしまっても不可抗力ですよ! セクハラではありません、不可抗力です!」


「そんなこと言ってる場合ですか!」


 ため息交じり輝星は眼前のコンソールを操作した。コックピットハッチが閉鎖し、計器に火が灯る。

 

『ハロー、パイロット。これより起動シーケンスに入ります』


 少年声のAI電子音声がそう告げた。コックピット全面に装着された液晶パネルが明るくなり、周囲の映像をフレームレスで表示する。

 

『システム起動。ならびに相転移タービンを始動します』


 甲高い回転音がかすかにコックピットに伝わる。主機に火が入ったのだ。

 

『……ゼロポイント・ゲート確立。相転移タービン、臨界に達しました。運転に問題なし』


「よーしよし」


 ニヤリと笑って、輝星が左右の操縦桿に手を載せる。

 

『システムチェック問題なし。機体チェック問題なし。武装チェック問題なし。I-con双方向ブレイン・マシン・インターフェース接続。機体コントロールをパイロットへ譲渡します』


「おーし。問題ないっすよ、いつでもいけます」


 コンソールを操作して、通信を指令室につなぐ。

 

「了解了解」


 通信に出たのは、いつの間にか指令室に戻っていた件のオペレーターだった。


「敵ストライカー部隊が本基地に接近しています。当地域への軌道爆撃は休止中、リフトで地上に射出しますから、輝星さんはこれを迎撃してください」


「りょーかい」


「ああ、そういえば……」


 輝星の肩をシュレーアが軽くたたいた。

 

「例の武装はそちらのコンテナに入っています。使いますか?」


 彼女の指さした先には、薄汚れた赤いコンテナがあった。

 

「ああ、それじゃ有難く」


 頷いた輝星はコンテナに近づき、それを開封する。細く鋭い杭が装填された、武骨な作業機械のような物体がそこには安置されていた。

 

「パイルバンカー……"凶星"の代名詞的な武装ですね」


「これで結構合理的な武器なんですがね。俺以外が使ってるのは見たことないですが……」


 ぼやきつつ、輝星はパイルバンカーを左腕のハードポイントに装着した。

 

「他に武器は……」


「対艦ガンランチャーしか残ってないですね。ま、何とかしますよ」


 対艦ミサイルを発射するバズーカ型の武装以外は軒並み出払っていた。十分な補給が届いている部隊であればこんなことはあり得ないのだが、残念ながらここは辺境の防衛部隊の基地だ。対ストライカーに使うにはあまりに取り回しと命中率に難のある対艦ガンランチャー以外はすべて先発部隊が持って行ってしまったのだろう。

 だが、輝星は文句も言わず輝星は腰のハードポイントに対艦ガンランチャーをマウントする。予備弾倉も忘れず別のハードポイントへ。

 

「よっし! それじゃあ、行きますか」


 そう言って輝星は両手で自分の頬を叩いて気合を入れ、"グラディウス改"の歩をリフト乗り場へと進めた。

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