第40話 ロシーボ無双

時空の塔・19階――。



 異空間の回廊を進む、全身を重装甲のアーマーに身を包んだ小柄な男、ロシーボ。亡きニチカゲの意思を継いだヘビーアーマーの力は凄まじいものであった。


 16階からアツアーと交代で時空の塔を上っているが、どの階も強力なモンスターがひしめいている。しかし、ロシーボは装備しているヘルメットの通信機により、階層の地形や敵の配置を事細かに把握することができ、モンスター相手に有利に戦いを進めることができた。


 ヘビーアーマーは両腕部・胸部・脚部・腹部にレーザー砲を、背部はいぶ腰部ようぶに多数の連装ホーミングミサイルランチャー・自動迎撃ミサイルを搭載、また、絶大な火力を持つ肩部けんぶのレーザーキャノン砲を装備。まさに全身火器の塊のような風貌であった。


 そして、装甲は非常に厚く防御面でも鉄壁を誇る。ただし、その分運動性・機動性はかなり低いが、当のロシーボはアーマーの圧倒的な力にすっかり図に乗っており、そんな欠点はお構いなしであった。


 ロシーボの目の前にスペシャルガーゴイル、ヘルビースト、グレイトドラグーン、エビルマンティコアが立ちふさがる。いずれも強大な力を有する魔物達だ。


 魔物達は心臓を突き刺すような鋭い鳴き声を上げ、ロシーボに大挙して襲い掛かってきた。


「だあああーっ!」


 ロシーボは両腕を前に突き出し、手の甲から二本のレーザーを発射した。二筋の青い光芒こうぼうが空間を走った。光は正確な弾道を走り、スペシャルガーゴイル、エビルマンティコアのどてっ腹を貫通する。


 同時に、ヘルビースト、グレイトドラグーンに対して腰のミサイルポットから、大量のミサイルを発射、回廊にオレンジ色の爆発が巻き起こる。


 倒れた四体の魔物に対し、ロシーボは両腕のレーザーを乱射して、一切の情け容赦なくとどめの弾幕をぶつけた。


 ロシーボは消し炭になった魔物の死骸を踏み越え、前へ前へと突き進む。魔物の肉が溶解して発生する異臭が鼻を突くが、その臭いは敵の完全な沈黙をロシーボに実感させてくれるので、彼の心に安堵をもたらしてくれた。


 ロシーボはアーマーの戦闘力に興奮していた。これほど強力な魔物達を一瞬で倒したという事実が、彼に勇気と希望を与えた。


『ハイム、聞こえるか? こっちは今19階だ。もうすぐだ、行ける、行けるぞ!』


 ヘルメットの通信機能を使い、ハイムに現状報告をする。


『ロシーボ? 私は今、玉座の間付近で潜伏中。ミズキが何者かと戦っているところを様子見してるの』


 ハイムは小声で答えた。


『そうか』


『ミズキとやり合っている奴は味方勢力だと思う。でも、あの人この分じゃ負けそうだね』


『こっちは行けそうだ。今の俺は凄い強いぞ! 自分でもどうしちゃったのって思うぐれーに!』


『こっちはまずいよ。私じゃミズキには到底敵わないから。もし、そっちの手が空いていたら交代頼むかも』


『了解。それじゃあ一旦待機しとく』


『ありがと。じゃあね』


 通信は終了した。ロシーボは、周囲に敵がいないことをレーダーで確認した後、歩みを止めて床に座り込んだ。そして、へらへらと笑い、大きなあくびを一発かました。







 ロシーボとの通信を終えたハイムは、改めて真下の様子を確認する。アツカーンの大剣が赤いオーラで包まれ、ミズキに向かって振り下ろされる。剣はミズキに命中したが、ミズキも負けじと尻尾を振りかざして反撃し、アツカーンを吹き飛ばした。


 ミズキの腹部に裂傷が走り、血しぶきが飛び散るが、彼女は回復魔法を傷口に当ててたちまちその傷を癒してしまう。


「アツアー、もう諦めなさい、さっさとアメリカーンとの合体なんて解いて、私の下へ来なさい。一緒に新しい時代を作りましょうよ」


 剣を杖にしてアツカーンは立ち上がり、「断る!」と声を張り上げた。


 ミズキの台詞を聞いて、ハイムはあの騎士が元冥王アメリカーンと四天王アツアーが合体した戦士なのだと理解した。


「だったら、その気にさせてあげるわ!」


 ミズキは両腕から鋭い氷の矢を連射して、アツカーンの全身を射抜く。アツカーンは必死で身を守ったものの、鎧に亀裂が走り、口からは血が噴き出された。


 アツカーンはその場に倒れ込むと、彼の身体が光に包まれ、傷だらけの男二人に分裂した。人間の身長に縮んでしまったアメリカーンと、深紅の鎧に包まれた騎士、アツアーであった。融合が解けたのだ。二人とも、すでに立ちあがる力は残っていない。


 彼らの心中には、段々と絶望の感情が生まれ始めていた。


 ミズキは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。そして、彼女は突然、影に溶け込み、天井に潜んでいたハイムに向かって水属性の攻撃魔法を放ってきた。


 ハイムは影のホールを天井に創り出し、そこから外の世界へと咄嗟に飛び出す。ハイムは同時に四本のクナイ手裏剣を投げつけたが、ミズキは身を翻して回避する。


「まさか、この私があなたの存在に気付かないとでも思って?」


 刺すような、凍てつくような女帝の視線。ハイムは無言ですぐに次の手を打つ。


光惑こうわく!」


 ハイムは抜刀した二本の短刀を正面で交差させる。その瞬間、戦場となっている回廊一面に凄まじい光が放たれた。


「うっ」


 ハイムと対峙していたミズキ、回廊の隅で倒れていたアメリカーン、アツアーは目がくらみ、慌てて目を覆う。


 すぐさまハイムは二本の短刀を腰の左右の鞘に収め、手首に装着している手甲てっこうの内側に五本ずつ隠されている鋼の糸を指に装着した。


 そして、ハイムはミズキの上空に跳躍し、周囲の床に細く鋭い楔の付いた鋼の糸を突き刺す。着地したハイムがミズキに背を向けたまま腕を交差させると、張り巡らした糸がミズキを縛り、四肢を封じる。糸はミズキの素肌に食い込み彼女の全身から鮮血が噴き出た。


「キャアアアッ!」


 ミズキの悲鳴が周囲に響き渡る。力尽きかけているアメリカーンとアツアーは荒い息づかいでその様子を見守ることしかできない。アメリカーンは、自分の力の無さを不甲斐なく思い、悔しさに胸を滲ませた。


「冥王、大丈夫ですか?」


 横に寄り添うアツアーは、何とか倒れた体を起こし、アメリカーンに気づかいの声をかける。


「冥王はもうよしてくれ……」


 床に倒れたまま、アメリカーンは自重の笑いを浮かべた。


 ハイムはアツカーンとミズキの戦いを間近に見て、両者と自分の戦闘レベルの圧倒的な差を肌身で感じていた。まともに戦ったら勝ち目はない。だとしたら、相手を撹乱しながら戦うしかないが、それだっていつまで通用するか分かったものではない。


『ロシーボ、聞こえる?』


 ハイムはロシーボへ回線を開き、語りかけた。


『聞こえる』


『見つかってやり合ってるけど、駄目かも』


『えっ!?』


『一応動きは封じてるけどね。いざとなったらお願い』


『ああ、分かった! 俺はいつでもOKだから、無理すんなよ!』


『ありがとう』


 後には繋いだ。


 ハイムは指の糸をミズキに一層強く絡め、糸で敵を斬り刻もうと試みるが、ミズキの体は頑強で糸はこれ以上深く食い込んではくれない。


「おのれ、この程度で、この私が!」


 ミズキは抵抗し、力づくで糸を破ろうとしていた。


「今だよ! 攻撃して!」


 ハイムは奥で倒れる二人に向かって叫んだ。


「分かっている……」


 アツアーがよろめきながらようやく立ち上がり、元の姿に戻ったミラージュソードを構えた。


 そのとき、ミズキがハイムに視線を向けた。人魚の瞳が妖しく光り出す。すると、ミズキを束縛する鋼の糸が一瞬で凍結し、その氷は糸を伝い、ハイムの指先にまで達しようとしていた。


 糸は指に巻きつけてあるからすぐには外せない。ハイムは、鞘から短刀を抜き、糸を斬り落とした。ハイムの指は糸から分離し、氷の伝達を免れた。


 しかし、既に凍りついた鋼の糸は粉々に砕け散り床に散乱した後で、ミズキの四肢は自由になっていた。やはりこの程度の技では通用しないようだ。ハイムは苦虫を噛み潰した。


「死んでよ!」


 ミズキは両手から凄まじい吹雪の呪文を放つ。ハイムはすぐに跳躍して魔法を回避する。一発でももらったらまずい。ハイムにとってはミズキの攻撃をかするわけにもいかなかった。


 接近するのは危険すぎる。ハイムは確実な回避行動を保てる距離を維持し、チャンスを見計らうしかなかった。


「連絡事項ですじゃゃゃゃゃゃゃ!」


 そのとき、突如として、先程筋肉がしぼんでやせ細った老人の姿と化した紫色の体色をしたババババが背後からミズキに抱きついてきたのだ。


「キャアアア、何よあんた!」


「連連絡絡事事項項でですすじじゃゃゃゃ!」


 ババババは大事なことなので、ニ回の発言を一回に圧縮して言った。


 冥王四天王の一人、大神官キヌーゴよりの伝令、命に代えても伝えねばならぬのである。


「何言ってるか全然分かんないし!」


 思わずハイムが言った。

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