5-11


 私はうつむいた。

「レイラちゃん?」

 ルークが心配そうな顔でうつむく私の顔を覗き込む。顔を上げることはできなかった。

 現実に引き戻された。

 視界の隅の紅が。鋼の刃に貫かれた、使い魔の手でしか死なないと言っていたレイが。

 確かめるのが怖かった。

「……辛いの?」

 下から覗きこんできたルークと目が合った。

 私はしばらくしてから頷いた。

「私が、……」

 殺した。

 私は、私が分からない。私はそんなこと望んでいないはず、だった。なのに、彼は“私”の手で倒れてそこにいる。

 私の願いは、もっと違っていたはずなのに。

 ルークは微笑んだ。

「心配しなくても、レイラちゃんはレイラちゃんだよ。他の誰でもない。あまり自分を追い詰めないで。頑張ろうとしないで。僕は君を信じてる」

 憶えてる? とルークはどこか遠い目をする。

「君が僕に言ってくれた言葉だよ。僕が誰だか分らないって言った僕に、君が言ってくれたんだ」顔を上げた私に、千里くんは微笑みかけた。「……憶えてる? 選ばれた娘の誓約により、新しい魔王族は次の王族交代が来るまで不死になる。

 言い換えればそれは、究極の生命力を得るってことなんだ」

 私はしばらく考え、やがてあることに思い至って目を見開く。

 ルークの言葉の意味は、もしかすると。

「その道を選べば今よりももっと辛い思いをするかもしれない。それにその生命力が彼に働いたとしても、君自身が本来持って生まれた生命力まで渡してしまうことになるかもしれない」

 以前と変わらない、愛しい人へと向けるような笑顔で、彼は言う。

「でも、君が選んだ道なら、……僕が信じた君なら大丈夫だって、僕は信じてる」

 死ぬかも知れない選択。失敗すれば、私は死ぬ。最悪、私たち二人とも再び目を開けることはない。

 ルークは一瞬だけレイラの視線の先、レイを見た。

「彼が、好きなんでしょ?」

 私は、小さく頷いた。

 ルークは天井を仰いだ。

 やがて、

「そっか」頷いた顔はどこか寂しそうだった。「なら平気だよ。どんなことだって乗り越えて行ける」

 愛の力って凄いんだよ? と彼は悪戯っぽく笑った。

「……千里くん」

「二人とも死ぬことなく、君も、彼も、幸せになって。……それが、僕からのお願い」

 泣きだす寸前のような笑顔で、ルークは顔いっぱいに笑う。

 そして、私を引き寄せ、


 額に唇を落とす。


「君は、ひとりじゃない」

 私の背中を押して、彼は呟く。

 勢いのままに私は一歩踏み出した。

 振り返って見えた彼は、笑っていた。笑ってくれていた。


 私はレイの許へと急ぐ。

 伝えたい言葉があるから。

 伝えたい想いがあるから。だから。


 私の前に影が立った。


 “私”だった。


 そして私は、“私”と対峙した。

 立ちはだかる“私”を、私は見据える。



 過去の自分を変えるために。



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