神秘術師の代行人生〜銀竜と英雄を継ぐ半竜半人の物語〜
雨空 リク
第1話 プロローグ
満月に照らされた夜空の下、鮮血が飛沫しぶきを上げて辺りを紅く染め上げる。
〜〜『人は不滅なの』〜〜
姉が散らばった無数の結晶で、支配下にある幾本もの樹木で、手に握られた二振りの長剣で、決死の反撃を試みるもそのどれもが敵に届くことはない。
〜〜『ある世界で死を迎えても肉体はその時存在した世界に還るだけ。そして魂は次の世界へと旅立ち、そこでまた新しい身体を手に入れるわ。だから不滅』〜〜
「はあああぁぁぁっ!!!!!」
鋭利な結晶の欠片は尽く粉々に、森は最早その原型を失うほどやつれ、必死に振るう刃は虚しく空を切るばかり。
〜〜『幾つもの世界で生を全うするという試練を乗り越えて、上へ上へと世界を昇り続ければ魂は次第にその煌めきを増していく』〜〜
ヒラリと優雅な所作で弧を描いた大鎌が姉の脇腹を深く深く貫いた。
「ーーッ……まだっ……」
自らの周囲に花びらを思わせる魔力の結晶を渦状に集め、大鎌を扱う悪魔ごと切り裂こうとする。だがそれよりも早く敵は姉の腹を切り裂き、得物を手にしたままその場を離脱してしまう。
〜〜『やがて辿り着く先は誰もが幸せで誰もが笑顔でいられる場所』〜〜
姉の周囲を結晶が球体を描きながら盾となった。このまましばらくやり過ごして少しでも回復することができれば……
「『暴食の紫電:<一牙>』」
そんな思いを欠片と残さず打ち砕くかのように、暴力的なほど高められた魔力が雷で構築された槍へと昇華され、視認できぬうちに撃ち出される。
耳をつんざくほどの轟音と、辺りを根こそぎ吹き飛ばすほどの衝撃波を撒き散らしながら球状の盾へと迫った。
〜〜『でもね、魂だけでは足りないの』〜〜
「がはっ………」
直撃は免れたようだが既に満身創痍。生じた爆風で地面に強く打ちつけられ、二本の長剣は手元から抜け落ちて這いつくばっている。
〜〜『心が…優しい優しい心が必要なの…』〜〜
もういい……もういいから…………
「まだ…まだあああっ!………『風よ 其の理に従い もたらすは終わりの奏で 世界の秩序に赴くまま 禍音をもたらす調べとなれ <終焉しゅうえんの嵐律らんりつ>』ッ!」
〜〜『一つの世界で魂に宿る心は一つ』〜〜
掲げた右手から夜の闇を呑み込むほどの翠扇光が迸る。大鎌を携えた悪魔と槍を携えた悪魔も例外なくその奔流に曝されるが、光が収束した先では無傷のまま平然と立つのみ。
口を三日月のように開いた正しく悪魔のような笑みが恐怖を誘う。
〜〜『人は不滅、されど心は
……お願い……お願いだから逃げてよウェル姉ッ!!!
〜〜『だからね、大切になさい』〜〜
槍の悪魔の背後に並ぶ十本の雷槍の矛先が伏している姉へと照準が合わせられ、そして同時に撃ち出された。
〜〜『あなたが生きた世界で出会えた人たちとの心の触れ合いを』〜〜
森の樹木たちが主人を守ろうと、もはや自らの意思で十本の雷槍に真っ向から迫るも瞬く間に斬り伏せられ、すぐさま槍は姉の下へと到達する。
〜〜『穏やかな温もりを交わすことのできる時間ときを』〜〜
残り僅かな気力を振り絞って数本は避けられた。だが避けることが叶わなかった槍は姉の左脚、右胸、両肩とを貫いていく。
「ーッ……あああああぁぁぁっ!!!!!」
耳を塞ぎたくなる苦痛に満ちた絶叫。
全ての槍が姉の身体を貫く頃には、おれたち兄妹の目の前で磔にされるよう空中に固定されていた。
少し近づいて手を伸ばせば姉に触れられる距離。けれども今のおれたちは動くこと叶わない。
〜〜『ありったけの想いを言葉にして伝えられる幸せを』〜〜
姉の下へと大鎌を携えた悪魔がゆっくりと歩み寄る。
〜〜『たとえあなたの心がいつか全て忘れてしまうとしても……ね』〜〜
「いつまでも……愛しているわ」
それが僕たちの聞いた姉の最期の言葉だった。
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