16:添い寝

 月明りが眩しい夜だった。自身の呼吸音さえも溶け込むほどの静寂は蒼闇に満ちている。幼い霧は真夜中に目を覚ます。寝る前には隣にいた筈の双子の片割れの姿がない。澪が寝ていた筈の場所は既に冷えており、随分前から居ないことを示している。


「……澪?」


 控え目に声をあげるも返答はない。恐る恐るベッドから抜け出し、蝶番が軋まないようにゆっくり部屋のドアを開けて様子を窺う。灯りの消えた廊下はいつにもまして果てしなく続くように見え、得体の知れない恐怖に満たされた。ふと遠くの方で黒い影が動いた気がして反射的に室内へ。ドッドッドッと速まる心拍。微かに荒ぶる呼吸。小さな手に汗を握りしめながら其の場にへたり込む。


 コツ。小さな音が窓の方から聞こえた瞬間、ビクッと肩が跳ねた。視線を向けると白く薄手のカーテン越しに人影が。恐怖心を噛みしめながら近付き開けると長身の男が立っていた。月光を受けてぼんやりと輝く白銀の髪。ギラリと鋭く光る緋色の虹彩。大きな満月を背負う黒いパジャマ姿の兄、夕霧は恐ろしいほどに美しい。安堵と驚きを入り乱しながら釘付けになっていると、トントン。と窓の鍵の部分を示された。すぐに鍵を開けると猫のように音もなく室内へと入り込む。


「眠れないのか」

「……はい。目が覚めてしまいました」

「そうか」

「……澪が、居ません」

「澪なら昨日から養成所の方へ行っている筈だが」


 そう言われ、自身が錯覚していた事に気付き深いため息が漏れる。十数秒の沈黙の末に夕霧は霧を抱き上げベッドへ運び、其の隣に横になると、ポン、ポン。と一定の速度で霧の腹部を軽く叩く。相も変らぬ無表情で何を考えているのか読み取ることが出来ないが、形の良い唇から紡がれる言葉を持たない歌声は落ち着いており、どこか懐かしさを感じさせる。


 言葉で言い表せない安堵を感じた瞬間、瞼が閉じて意識が微睡んだ。


   終


 ――――――――――

 あとがき


 閲覧ありがとうございます。

 誤字脱字ごめんなさい。

 16日目のお題は『添い寝』です。幼い日の霧と夕霧少年の一夜。夕霧さんは昔に母が赤ん坊の双子を寝かしつけている光景を眺めていた記憶があるので、真似をしているだけですね。夕霧さんの人間らしさや自我の芽生えなんかに関してはオルハの存在が大きいです。……オルハと夕霧さんの絡みが書きたくなってきました。


20200916

 柊木 あめ。

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