ちゃりこちんぷい

坂井音太

第1話「日が沈んだら悲しくなってきた」


(擬音・吹き出し外文字)


「セリフ」


{人物モノローグ}


<ナレーション・モノローグ・解説・歌>




■1話(28ページくらい?)




●放課後。ひと気のない旧校舎。第二音楽室。


 まれ、リゾネートギターを抱えて椅子に座りながら、チューニングし、ボルトネックを小指にはめる。


 マキミキ、椅子の背もたれを前に抱え込んで座って、ブルースハープを持った手を口に当ててアクビをしながら、まれに、


マキミキ「まれちゃん、なにやる?」


まれ「んー、Gでー」


 と探るような目を宙にさまよわせつつ、スライドを使って音を出す。


(ぴゅっ・ぴゅっぴゅーん)


副会長「G……」


 と鍵盤を物憂げに見つめながらピアノを


(ぱらりん)


 と弾く。


 まれ、すっと息を吸って、


まれ「Hmmmmmmmmmmmmmmmm──」


(びゅーん・びゅんびゅびゅんびゅーん)


 と唸りながら適当に弾き始める。


副会長{おらび声だ}


副会長{もしかすると、この声が魔法を呼び込む呪文なのかも……}


 と、無表情にまれを見ながら、適当にピアノでシャッフルを刻み始める。


(ぴんぴんぴんぴん……)


マキミキ「おっ?」


 と身体を起こして、うれしそうに足踏みし始める。


(たんた たんた たんた たんた)


 まれ、急に思いついたようにパッとマキミキに顔を向けて微笑し、右の掌を弦を叩きつけるように弾き始める。


(ぴゅぴゅっぴゅっぴゅーんぴゅ ぴゅぴゅっぴゅっぴゅーんぴゅ)


副会長「──「デス・レター」ね」


 とつぶやく。


 まれ、頷いて、おもむろに陽気に英語で唄いだす。


(参照http://www.youtube.com/watch?v=wTB8MhjUfsY&feature=related)


 DEATE LETTER//JAZZ Words&Music by Son House


 @1965 SONDICK MUSIC The rights for japan assigned to FUJIPACIFIC MUSIC INC.



まれ<今朝早く手紙が届いた なんて書いてあった?


   「急げ急げ あのコが死んだ」


   今朝早く手紙が届いた なんて書いてあった?>



 マキミキ、ハープを吹き鳴らして立ち上がる。


 かろやかにステップを踏み、スカートのすそがひるがえる。



まれ<「急げ急げ あのコが死んだ」>



 まれ、のってきて上半身を前後に揺らしはじめる。


 顔を伏せ、長い髪が垂れる。手はさらに激しく動いている。


 マキミキ、ぱっとハープを口から離して笑顔でまれを見て、歌をひきうけて、



マキミキ<カバンを引っつかみ 道を急いだ


     たどりついたら あのコは安置室に


     カバンを引っつかみ 駆けつけた>



 副会長、鍵盤を叩きながら楽しそうに二人を見る。



マキミキ<たどりついたら あのコは安置室に>



 まれのスライドが唸り、稲妻が走ったように見える。


ナレ<ブルーズの魔力は サウンドにある>


 まれが、頭を振り上げると、ばさっと髪が舞う。


ナレ<その音の一節だけで聞き手を惹きつけ 虜にする>


ナレ<音は歪み 弾むリズムで 哀しく滑稽な人の気持ちを複雑につかむ>


 まれの狂気を秘めた瞳の光、どこかデモーニッシュな笑顔。


ナレ<これはブルーズの魔力に魅せられた者の物語>



●同じ頃。校内のどこか廊下。


 ギターケースを背負ったチョビ太。ぶつぶつ言いながら昨日のことを思い出している。


チョビ太{あー、部活行きたくねえなあ}


チョビ太{昨日だって……}



●回想。昨日。フォーク&ロック部の部室。


 先輩のバンドの練習。


 歌謡曲っぽいなんかのコピー。自己陶酔している先輩たち。


 内心イライラしているチョビ太。


チョビ太{ダセーよ……!}


チョビ太{俺はもっと、こう、魂を揺さぶるロックンロールをやりたいのに}


 曲が終わって。


 チョビ太がなんか洋楽の練習している。


 先輩A、横に立ってチョビ太の洋楽のスコアブックをめくりながら、薄ら笑いしている。


先輩A「土川さー」


先輩A「洋楽とか好きなのわかるけどさ。お前の趣味、マイナーじゃね?」


 むっとするチョビ太。


先輩A「女子にモテたいなら、とりあえずもっとみんなが知ってる曲とか?」


先輩B「なあ」


先輩B「つか、一年生、誰得なソロよりきちんとバッキングできるように練習しろよ」


チョビ太「……はい」



●回想終わり。第二音楽室近くの廊下。


 とぼとぼ歩くチョビ太。


チョビ太{俺は魂のロックを……}


チョビ太{理解者が必要なんだ}


 と、そのときチョビ太の耳に、まれのギターの音が聞こえてくる。


 立ち止まり、


チョビ太「……上手い」


チョビ太「アコギにしては響くな……」


 と言いつつ耳をすます。


チョビ太「あれ? いや、上手いなんてもんじゃ…」


 とうろたえる。



●カットバック


 激しくギターを弾くまれ。



●チョビ太の心象風景


 胸を撃ちぬかれるチョビ太。ドキューン! みたいな。



●第二音楽室前の廊下。


 立ちすくんでいる。


チョビ太「すげえ……」


チョビ太「鳥肌立った」


 と汗をたらしながら第二音楽室のドアに近づく。


チョビ太「このギター、誰なんだ?」


 そっと覗き込むチョビ太。


 第二音楽室の中で、楽しそうに唄っているまれ。


チョビ太「女子だ……?」


 副会長とマキミキはチョビ太の眼中にない。



まれ<大勢が立っていたよ 埋葬場所のまわりに


   死んで気づいた 愛していたと


   大勢が立っていたよ 埋葬場所のまわりに



   下ろされた棺に気づいた あのコを愛してたと>



チョビ太「踊りたくなるようなグルーヴなのに、なんか…」


 涙ぐむチョビ太。


チョビ太「やべ」


チョビ太「歌詞、英語でよくわかんないけど、泣けてきた」


 と目をこする。


チョビ太<学校にこんなすごいコがいたなんて…>


チョビ太<まじで、このギターは、プロとかそういうレベルじゃない……>


チョビ太<なんていうか、魔法みたいな>


チョビ太「!」


 ハッとして。


チョビ太「これだ!」


チョビ太「これが俺が求めていた魂を揺さぶるサウンドなんだよ!」


チョビ太「俺が求めている音楽はアレだ!


チョビ太「バンドだ!」


チョビ太「俺はあのコとバンドを組もう!」


チョビ太「その前に──」


 と、部室へ走り出す。



●廊下を走るチョビ太。


チョビ太「フォーク&ロック部辞める!」


チョビ太「あんなところにいてもしょうがない!」


チョビ太「まず不退転の決意を示すのだ!」


チョビ太「踏み出せオレ!」



●第二音楽室。


 最後のヴァースを副会長が唄う。



副会長<今朝早く手紙が届いた なんて書いてあった?


    「急げ急げ あのコが死んだ」


    今朝早く手紙が届いた なんて書いてあった?



    「急げ急げ あのコが死んだ」>



 まれの弾くエンディング。


まれ「ちゃーちゃららららら ちゃりこちんぷい!」


まれ「ふー」


副会長「面白かった」


副会長「まれちゃんのギター、ほんとに好きよ」


マキミキ「思わず踊りだしちゃうね」


まれ「センキュー!」


マキミキ「よっ、悪魔と契約したギタリスト!」


 と笑う。


副会長「それ、本当かもね」


 とマキミキを見て苦笑い。


まれ「えっ、本当だよ、副会長!」


まれ「わたし、十字路で悪魔にサインしたもん」


マキミキ「おっと、まれちゃんのミラクル発言だ。酔っ払ってたんじゃないのー?」


まれ「え、マキミキちゃん信じてくれてないのっ?」


副会長「飲酒なんて不良だね」


まれ「お酒なんか飲まないよっ」


マキミキ「じゃあ寝ぼけてたか。いつも眠そうだし」


まれ「わたし、ほんとにほんとに…」


副会長「まー、そういうことにしとこうか」


まれ「ううー」


 と不満げに。


マキミキ「──それよりほら、次やろうよ」



●部室。


チョビ太「こんちわー!」


 と部室のドアを蹴破る勢いで。


 ポカンとしてチョビ太を見る先輩たち。


チョビ太「俺、フォーク&ロック部やめます!」


先輩A「……あ、そう」


チョビ太「本音言えば、女に媚びてカラオケバンドやるなんてダセーと思ってました!」


チョビ太「だったらカラオケでいいじゃねえかっつの!」


チョビ太「洋楽よく知らないからってマイナー呼ばわりしてんじゃねえよ!」


チョビ太「聴きもしねえでしたり顔で語るな!」


先輩B「……」


 唖然としている。


チョビ太「俺は新たな地平へと旅立ちます!」


 と出て行く。



●廊下。


 鼻息荒く、爽快感にあふれたチョビ太、ずんずん歩く。


チョビ太「言いたいこと言って辞めてやった!」


チョビ太「俺こそロック! ザ・ロックンロール!」


チョビ太「この勢いで口説くぞ! あのスーパーギタリストを!」


 第二音楽室の前まで来て、


チョビ太「あのコ、まだいるかな?」


 とドアの窓からまれを見て、


チョビ太「いた!」


 マキミキと副会長は眼中にないチョビ太。



●第二音楽室。


マキミキ「副会長リードとりなよ」


副会長「いいよ」


 と喋っているとろこに、


チョビ太「失礼しまーす」


(ガラガラガラ)


 とドアを開けて入ってくる。


 まれ、キョトンとする。


 振り返るマキミキと副会長。


 チョビ太、まれしか目に入らない様子で、


チョビ太「俺とバンド組もう!」


 と、まれの手を握る。


まれ「だ、だれ…?」


 と凍りついて途惑う。


(どすっ)


 と背後からチョビ太の股間を蹴り上げるマキミキ。


マキミキ「チョビ太!」


マキミキ「なにやってんだよ!」


 と両手を腰に当てて仁王立ち。


チョビ太「……ぐぐ、玉木未来」


 と倒れて股間を押さえ悶絶しながら見上げる。


チョビ太「なんでお前がここに…」


マキミキ「そりゃこっちのセリフだ」


副会長「知り合い?」


マキミキ「知り合いっていうか……」


マキミキ「こいつは土川小太、ちっさいからチョビ太っていうんだけど」


マキミキ「同じ団地で、同い年だから保育園から小学校、中学校、よりによって高校までずっと同じっていう、なんていうか、そういう腐れ縁的な……」


 と歯切れ悪く。


副会長「あー、幼馴染ってやつだ」


 とポンと手を叩く。


マキミキ「それ! ヤなんだよね! その「幼馴染」って言い方!」


 と顔を真っ赤にして恥ずかしそうに抗議する。


チョビ太「お、オレだって……」


マキミキ「だいたい突然乱入してきて何してくれてんだよ、お前わ!」


マキミキ「見ろ、まれちゃんが怯えてるじゃないか!」


 と隅でギターを抱えてうずくまっているまれを指す。


チョビ太「…まれちゃん?」


 とまれを見て。


まれ「…奈良本希です」


 と恥ずかしそうにうつむいて。


チョビ太「ね、ねえ、奈良本さん、オレとバンド組んでよ!」


 と、身体を起こして這い寄って、


チョビ太「オレもギターやってんだけど、君のほうが全然上手いから、だから俺がベースやってさ」


 まれ、まっすぐな申し出に目を丸くする。


マキミキ「まれちゃんがお前より上手いのは当たり前なんだよ!」


 と、引き離そうと襟首をつかんで引っ張る。


マキミキ「つか、始めて2年かそこらのチョビ太が、まれちゃんのブルーズギターの凄さ本当にわかるのかよー?」


チョビ太「わかるよ!」


マキミキ「ふーん……」


 と値踏みする。


チョビ太「な、なんだよ」


チョビ太「つかさ、セッションしてたけど、君らなに? 部活?」


副会長「別に。いつもここで遊んでるだけよ」


マキミキ「ウチらのことはどうでもいーんだよ!」


マキミキ「バンドって、だいたいお前、フォーク&ロック部に入ったんだろ?」


チョビ太「不退転の決意で辞めてきた!」


マキミキ「はあ!?」


 チョビ太、まれに向き直って、


チョビ太「オレは君とバンドを組んで、世に打って出る! みんなに君のギターの凄さを知ってもらおうぜ!」


マキミキ「お前、暑苦しいなあ!」


副会長「チョビ…、土川君……だっけ?」


 と咳払いして、


副会長「勢い込んでるところに水を差すようで悪いんだけど」


副会長「バンドで世に出るのは無理よ」


副会長「まれちゃんはシャイだから、知らない人や大勢の前に出るとギターが弾けないの」


 と、まれに寄り添う。


 こくこく、と、まれは頷く。


 衝撃!


チョビ太「!?」


チョビ太「うそ…、だ、だって、さっき…」


 とうろたえて。


マキミキ「ウチらは親しい友達だからウチらとセッションするのは大丈夫なんだよ」


マキミキ「極度の緊張で、まれちゃん、お前が見てたらギターの弦に触ることもできないよ」


 と、まれを庇うように寄り添う。


 まれ、チョビ太を上目遣いに様子を見る。


チョビ太「…そ、そんな勿体ない」


副会長「私も初めてまれちゃんのギターの凄さと、人前だと弾けないってことを知ったときは、勿体ないなあ、って思ったけどね……」


 とチョビ太に共感して寂しげに頷く。


チョビ太「と、どうしよう」


チョビ太「オレ、辞めるときフォーク&ロック部の先輩たちに言いたいこと言って罵って…」


チョビ太「もう、帰るところがない……」


 とションボリする。


 とその時、


まれ「やってもいいかも……」


 と、まれ、小さい声でボソボソと。


チョビ太「え?」


 と、顔を上げる。


まれ「バ、バンド……」


まれ「やれるかどうかわかんないけど……」


まれ「が、がんばってみようかな、とか」


 顔を見合わせるマキミキと副会長。


まれ「それに、その子、ブ、ブルーズが必要なんじゃないかな?」


チョビ太「ブルーズ? オレに?」


まれ「だって帰るとこ、ないんでしょ?」


まれ「ブルーズはどうしょうもない状況でも」


まれ「聴いたり唄ったりすれば明るくなって元気が出てくる」


まれ「笑顔を取り戻せる音楽──」


 マジメな顔のマキミキ。


まれ「──弱い人とか」


 何か思い出している副会長の顔。


まれ「モテない人」


まれ「駄目な人に」


まれ「優しい音楽なんだよ」


 まれの優しげな表情。


チョビ太「なんか、オレ──」


 チョビ太、泣きそうな顔で。



●校舎の遠景。


 夕日が沈み、空を赤く染めている。


チョビ太「──そこまで言われると本当に情けなくなってくるんですけど」



(おわり)

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