第三十二話 プロジェクトマネージャーの憂鬱
◇◇◇◇◇
私は橘。スクエア所属プロジェクトマネージャー。長女。独身。ケーキより漬け物が好き。将来の夢は色んな動物に囲まれて過ごす事。
今日は女神様……失礼。今後の3D化の為にロイドさんをポンニョさんの所まで連れて行った。ポンニョさんは昔の仕事の癖か家に帰らずにスクエアで寝泊まりする事が多い。早くその悪習が無くなればいいと思っている。
「ではロイドさん、後はよろしくお願いします。ポンニョさんもいつもありがとうございます」
「いいって。こんなの楽勝だよ。前と比べたらホワイト過ぎて。まあいいや、じゃあ行こうか。言った通り今日は薄着で来てくれたよね?」
「はい。私の全身3D化の為ですもんね。スカートすら苦手な私ですが、この為なら水着だって着れますよ」
「やめてよ? キミの肌色面積と殺傷能力は比例しているんだから。死人が出るよ?」
「えぇ、私の殺戮兵器説がこんなところにも……」
安藤ロイド……第三期生 スクエア所属 ばーちゃるちゅーちゅーばーの『奇跡の一人』。二次面接以降をスキップし、特例で第三期生に加わった異例の新人。元々三期生は人事が選り好みしたせいで三人の予定だったのだ。二期生はあんなにいるのに。これを知っているのは第一期生と一部の第二期生、ちなみにエリザベスさんはそのうちの一人。
ロイドさんを一言でいうなら、まさにアンドロイド。人形と見惑う人間離れした美貌、そして歴代の彫刻師でも再現できない完璧な肢体を持っている。更に彼女は幾つもの個性を持っている。例を挙げると丸三日間配信をしても体力の衰えない不眠不休の身体。今のところ限界を知らない底なしの胃袋。他にもキリがないほどの特徴があり、彼女を纏めるサイトは未だ更新が止まる事を知らない。
本当に彼女は人間ではなく、女神の使いか何かではないのか? そう錯覚する時がある。彼女をただの普通の女性だと認めると、自分の女としての存在価値を見失ってしまうかもしれないから。そうでなくともやはり、私の女の勘が時々ロイドさんを女性と認識しない。
時折あまりにも無防備だから? それとも女性ホルモンの周期的な変化が彼女に感じられないから? 理由は定かではない。
そういえば、エクレールII世さんからチラッと彼女の事を聞いた事がある。気を抜くといつも頭がぼやけて忘れてしまいそうになる衝撃的な話。
『ロイドちゃんの経歴を遡ると必ずどこかで綻びが生まれる。どこから辻褄が合わないのか、それすらも分からなくなる。だから調べる事は無意味なんだよね。私達が彼女を知るには、昔ではなく今しかない。私達は今のロイドちゃんを見守るしかないって事。これからロイドちゃんは何を成し遂げるか……楽しみで仕方がないだろ?』
どうしてこんな重要な事を忘れてしまいそうになるのかは分からないが、エクレールII世さんの言っている事は正しい。私達はロイドさんを、いえ、スクエアに所属する全てのばーちゃるちゅーちゅーばを見守り、共に励んでいくしかない。それこそが私プロジェクトマネージャーの橘としての仕事であり、生き甲斐であり、責任だから。
例えロイドさんが世紀の大犯罪者だとしても、マネージャーの私は彼女を見捨てる事だけは絶対にないだろう。他の誰もが躊躇する中、彼女のマネージャーになると手を挙げた時から私はそう決めているのだ。
……そもそもスクエアは、法スレスレで特殊な人材を雇っている黒よりのグレーなところがありますしね。でも、あんなに良い
〜〜〜〜〜
スクエア本社には食堂がある。値段も良心的に何より味にこだわっていると社内で人気だ。
ロイドさんとポンニョさんを見送った後、午前の仕事を片付けた私もそこを利用していた。頼んでいるのはいつものトリ天定食。隠し味の柚子が私を虜にさせた。
一人で昼を食べていると、丁度仕事を終えた同僚達がゾロゾロと私の机の周りに集まってきた。彼彼女達もまた同じマネージャーであり、主に担当するライバーの行事管理や企業案件の交渉及び契約を業務としている。
「今日もトリ天? 好きだね〜。偶には別のも食べてみたら? このチキン南蛮ちょー美味いから」
「えーカツ丼でしょう? 近くのカツ丼専門店よりよっぽど美味しいって。それに安い」
「はい、お前ら素人な。ここは鍋焼きうどんが至高って嫁も言ってた」
「さりげ愛妻家アピールうざ。今から既婚者はぶろーぜ」
「俺だけじゃん。お前らが独り身なのが悪い……やっぱり胸がないとなー。まあ今のは冗談だけど……ほんとだよ? 冗談だよ? もしもーし、あの、すみません調子乗ってました。あのー? 分かったよ! 今日も俺の奢りなんだろ!」
「あざーす。ねえ橘さんもう私と結婚しない? 料理以外の家事なら全部やるからさー」
「ダメだって。橘さんにはもうエクレールII世さんとショコラさんと、それにロイドさんもいる。他にも可愛い二期組がいるしね。太刀打ち出来ない」
あー、と皆が大きく頷いたのは、ロイドさんの名前が出てからだ。個人的には同性に結婚を申し込んでいる時点でツッコンでほしかったのですが。
「あれは卑怯だよね」
「受付の女の子も一発でやられたって。冗談かと思ったら私も一目見て心が征服した」
「ばーちゃるモデルとリアルがほとんど同じ姿って攻め過ぎ。ぶっちゃけ芸能人にでもなった方が人気出そう」
「なんかあの人の顔見てるだけで不倫してる気分になるから俺は苦手だわ」
「あー私もあの時手を挙げてたらなー。やべー奴きたと思ってたもん」
「やべー奴に変わりはなかったけどさ? でもデビューして一ヶ月足らずでチャンネル登録者数百万いってさ、最近じゃあ何件も案件来てるんでしょう? 人気洋菓子店の新スイーツレビューに名の知れた寝具専門店の商品紹介、大手企業の通信業界からと、ブイペックス レジェンドからもだっけ。ジャンルが多様過ぎて。まあうちのエリザベスちゃんが一番可愛いけど」
「節操がないよ! それでもアンズちゃんが一番かっこいいけど」
どうもここのマネージャー達は、自分の担当を贔屓する傾向がある。その点に関しては私も人の事を言えなかった。
実際、案件自体は少し前から来ていたが、私の判断で遅らせていたのだ。ロイドさんは時折常識を無視する時があるので、しっかりと綿密な打ち合わせをしないと見られる目も多いのですぐに騒ぎになってしまうから。
けれど綿密な打ち合わせ自体をロイドさんは多分好きではないと思うので、そこは私の腕の見せ所だ……いつもみたいな少々の騒ぎならむしろ起こしてほしいというのが本音。実際に数値で見ると一目瞭然だが、アンドロイドブーストはスクエア全体に影響を及ぼしてくれる。
ふと気付けば周りの話は既に担当ライバーの自慢話になっていた。
「それでもやっぱり、俺んとこが一番だって。あいつ本当すげーんだから」
「イケメン引きこもり?」
「超カッコいい引きこもり?」
「引きこもり言うな! いや五条は引きこもりだけどさー。ゲームに関してはお前らの想像以上に世界に通用する腕前だからな? 俺だけは分かってる」
「でもあんた一度も家に入れられた事すらないじゃん」
「あいつ綺麗好きなんだよ! 仕方ないんだ!」
「幾ら上手って言ってもねー、家から出ないんじゃろくに案件も担当できないし。公式の記録も残ってないからパンチ弱いよね」
「くっそ、今に見てろよお前ら。夜叉金のやつと一緒にのし上がってやるからな」
「そんな事よりさぁ……結婚したい」
「……それな」
「ご馳走様でした。では、私はこれで失礼します。それと先程のプロポーズの件なのですが、私は同性愛というものの理解が足りないので、お気持ちは嬉しいのですが丁重にお断りさせていただきます」
「私にトドメを刺すなぁ!」
一礼してその場を後にする。危なかった。私は昔からつい出しゃばってしまう癖がある。子供の頃は仕切りたガールという不名誉なあだ名で呼ばれた事もあった。その癖を抑える為にいつも事務的な会話を心掛けているのだが、今では逆にこの口調でないと会話が難しい。さっきも本当は声高らかに言いたかった。
それでも私の担当する彼女達が一番なの! と。
〜〜〜〜〜
「何ですかこれは!」
お昼時も過ぎて午後のおやつの時間に差し掛かろうとしていた時の事。思わずここ最近でも一番の大きな声を出していた。目の前で、ただ先方の提示した条件を伝えにきてくれた事務の人がびっくりしている。私もそれを見て冷静になれた。
「すみません取り乱してしまって」
「い、いえ、でも……ひどい話ですよね。急過ぎます」
「全くです。頭が痛いですね……もう一度よく見てみます。わざわざありがとうございます」
遠回しな前文は敢えて見ずに無視して本題だけを見る。そこには、一ヶ月後に開かれるライバー同士のブイペックス レジェンドの詳細な情報が載っていた。いや、ライバー同士だったというべきか。
そこには、スクエア以外から参戦するばーちゃるちゅーちゅーばのチームメンバーに、我々の了承もなく助っ人としてプロゲーマーを招待しているという旨だった。それも1チームに一人ではなく、二人。このゲームは3人で1チームなので、そんなのはもうライバー同士の戦いではなくプロvsスクエアという構図が出来上がっていた。
いやらしい事に、調べてみた結果何故かその情報はネットに漏れていて、良くも悪くも流されやすいネットは既に大半以上がその気になって盛り上がっていた。この流れには明らかにロイドさんとカイザーさんの存在が関わっている。彼女達なら何かしてくれるかもしれないという期待が、この理不尽な戦いに肯定的にさせているのだ。
もちろん、プロゲーマーが入ってきた分推しのライバーが試合に出れなくなっているファンの方もいるので、少なからず不満の声はあったが大衆に飲まれていた。
つまり、この状況は簡単に覆せない。少なくともスクエアからこの条件を認められないなどと今更公表してしまえば、(明らかに悪質な手段を向こうがとっていたとしても)スクエア側の度量の広さを問われる可能性があった。
抗議の為に一報いれても、『既にその件に関しては把握されていたと思っていた』の一点張り。こちらが周知していたのは、相手側がプロゲーマーをコーチとして雇うという話だけだ。誰がライバー同士の大会で3分の2以上をプロと闘う羽目になると思うか。
大会には私達『スクエア』、男性のみで結成された『虚なる星々』、女性のみで結成された『アイドリーム』、その他個人勢、この四つのVtuberが参戦している。
そこへプロゲーマーの李シャン率いる中国チームと、多くの大会に記録を残した実績のある米国チーム、そして最近特に名をあげている日本のチームが加わった。
……いや、これだけならまだいい。特に問題なのは、お互いに公平を期す為に試合の会場を東京gameシティーで行うというもの。まともな罪悪感でもあったのかそれらに掛かる費用は全て向こう持ちだった。一体どうしてそこまでこの大会に予算を使っているのか理解出来ない……あとはまともな常識さえあればこんな突飛な変更を認めるわけがなかったが。
これの何が問題なのか、言わずもがなカイザー五条さんだ。外に出る事を嫌う彼は、この事を知るときっと辞退するだろう。ロイドさんとカイザーさんとあと一人でチームを作ろうと計画をしていたが、それが水の泡となってしまう。少なくともこの二人が揃わない限りプロゲーマーの集団から優勝をもぎ取るのは難しいのではないか?
今回の大会は優勝賞金以外にも、特別にブイペックス レジェンドの公式が用意してくれた唯一無二の形無き商品(大人のマネーに関わる話)もある。スクエア運営としては是非とも優勝を狙いたいところではあったが、このままでは厳しいかもしれない。そう悩んでいる私に、更なる追い討ちがかけられる。
「た、橘さん大変です!」
先程怖がらせてしまった事務の方が、血相を変えて私の元へ戻ってきた。楽しい話ではないという事だけはひしひしと伝わる。
「今度はなんですか。先方がロイドさんの出場禁止でも要望してきましたか?」
「ち、違います。あの、下の階にアイドリームの方々がお見えになって、それで──エリザベスさんと喧嘩してるそうです」
「……え?」
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