第三十一話 子守唄

◇◇◇◇◇


 最近、香澄ちゃんと小葉がよく遊びに来るのだけど、香澄ちゃんが頻繁にお泊まりするのに対して小葉ちゃんはいつも自分の家に帰っている。私もその方がいいだろうと思い見送りだけはしていたのだが、その日はいつもと違っていた。


 石礫の様な大きな雨粒がガラス窓を叩き、雷が大地を揺らしている。突然の空模様の変化に、即座に私の家に泊まると母親に電話をしていたのは香澄ちゃん。一方小葉は、いつもの平静な顔で固まっていた……もう地蔵の如く固まっていたよ。カエルが蛇に睨まれる時こんな顔になるんじゃないかな。


「大丈夫? もしかして雷苦手?」

「そんな覚えはない」

「顔に対して手足の震えが微小振動を起こしてるよ」

「物理の話を家に持ち込まないで」

「あれ、どうしたのノコノコ? 雷だめ?」

「……かもしれない」


 香澄ちゃんの問いかけには素直に答える小葉。持つべき者は友達だねっ。


 雷が怖くて歩く事すらままならない。そんな衝撃的な弱点を持っていた小葉は、香澄ちゃんの必死な説得により今日は初めて三人でお泊まりをする事になった。


 生まれたての子供みたいに動けない小葉を二人で介抱する。具体的には、まず夜ご飯を交互に食べさせてあげる。雛の餌やりみたいで面白い。面白がられている事に気付いていた小葉だったが、今の自分の無力さを思い出したのだろう。文句一つ言わずに私達を受け入れていた。


「じゃあお風呂一緒に入ろうねー」

「ロイドさん!?」

「……!! イヤ。入らない」

「駄目だよ? お風呂で夜を締めるのは日本の数ある魅力の内の一つだからね。特に女の子がお風呂をサボタージュするなんてのんのんのんのん、びよりのん」

「一日くらい入らなくていい。私そもそも日本よりイタリアの方が好き……あーもう分かったから。香澄と入る」

「うーん…………ごめんねノコノコ。私一人で抱えきれる自信ないから、三人・・で一緒に入ろうね? 三人でね? ね?」

「なっ! は、恥知らず共め……」


 自らの完全敗北を悟り、項垂れて脱力気味の小葉はされるがままに服を脱がされ、私達は三人仲良くお風呂に入った。三人でも全然狭さを感じないところは我が家の優秀さを感じる。


 そういえば私ってホクロが見当たらない。チャームポイントにもなり得るホクロが一つもないだなんて少し寂しい。ちなみに香澄ちゃんはその栄養たっぷりの胸にあったし、小葉はお尻にある。


 しっかり100秒数えてお風呂から上がると、外はすっかり真っ暗になっていたが、俄然雨の勢いは強くなるばかりだった。それに伴って雷特有の光と音が、小葉から元気を奪っていく。小動物みたいで可愛いと思ったが睨まれそうだったので言わない。


「今日はみんなで一緒に寝ようか。私のベッド雲みたいにふわふわで気持ちいいけど、キングサイズだからいつも寂しくってね」

「ロ、ロイドさんのベッド……っ」

「私寝相ひどいから一人で寝──」


 その時丁度、示し合わせた様に雷が轟く。近くで落ちたのだろう。光と音はほぼ同時に届いて、余韻に空気の震えを残していた。


「……一人はいや」


 ついに本音が漏れた小葉。私達は仲良く三人で同じベットに入る。普段はスカスカのベッドが、今日だけは丁度よい広さだった。


 中々寝付けない小葉に、香澄ちゃんが自信満々に昔話を聞かせる事になった。どうやら子供の頃によくお母さんから聞かされていた物語らしく、それを聞くとすっかり眠れるとの事。私も気になって耳を傾ける。


 ──それは、遠い遠い昔の話。妖怪やもののけという存在がまだ信じられていた時代……


〜〜〜〜〜


 もう何日も雨が降らなくなった。このままでは作物は枯れ、人々が飢えてしまう。そこで村一番の祈祷師は天に尋ね、救いの声を聞いた。いわく一本杉の木の下で三日三晩絶えず炎を燃やせ。さすれば願いは叶えられん。


 天の導きのままに、その村は絶えず炎を祀った。辺りが涙も枯れる熱に包まれた頃、それは現れた。


 それは村に雨を降らせた。人々は代わりに、それに供物を差し出した。ある時は恋愛成就に色とりどりの花束を、安産祈願に手製の編み物を、五穀豊穣に鹿の肉を火に焼べた。


 それのおかげで村は発展し、やがて町となり、国と成った。けれどそれはもういない。何故なら人々は願いを怠り、供物を差し出す事を忘れ、いつしか伝承という形でしかそれの存在を残せなくなったからだ。炎は文化の波に消え、それを語る者はもう少ない。


 しかし、忘れてはいけないのだ。かつてこの地に恵みをもたらした存在を。供物の代わりに恋を実らせ、命を育み、糧を与えてくれたそれを。


 だから我々は語り続ける。たとえ時代が忘れようとも、この伝承を受け継いでいく。誉れある祈祷師の子子孫孫としてそれの名を。


 鮮血にも似た大きな火を我々はこう呼んでいた。


〜〜〜〜〜


大火たいかの神様と……」


 私がそう締め括ると、一瞬周りを業火に包まれた様な錯覚を覚える。もちろんそれはただの思い込みで、涙も枯れるような熱とは程遠い快適な寝室だった。


 物語が終える頃には、とっくに香澄ちゃんも小葉もぐっすりと眠っていた。香澄ちゃんは読み聞かせながら途中で寝ていたので、後を継いだ私だけがこうして今起きている。


 先程の錯覚のせいだろうか。私の背中につぅーと嫌な汗が流れていた。暑くも寒くもないこんな日にかく汗はとても気持ち悪い。


 香澄ちゃんがお母さんから聞かされていたお話を、一体どうして私が知っていたのかは知らない。厳密にいえば知っていたというより、口が勝手に動いたのだけど。


 不思議な現象。でも、二人の寝顔を見ていると、そんなものは些細な事に過ぎないと思えた。守りたいこの寝顔。


 外はすっかり雨が止んでいた。月明かりすら見える。夜も明け、あとは太陽さえあればきっと虹が出来るだろう。そんな夜中の3時の些末な話。

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