第十九話 桜

◇◇◇◇◇


 エゴサーチ。それは、インターネットで自分の情報を検索してどういった反応がされているか己の目で確認し、一喜一憂してはモチベーションが上下する諸刃の剣。自分の事がボロくそに批評されているのを見て配信稼業を辞めた者は少なくない。


 私は自分自身の評価は特に気にしないので、エリザベスサーチやショコラサーチをやっていた。すると、やはりどうしてもアンチという闇の軍勢は存在する。アンチというのは分かりやすくいえば、嫌いなものに嬉々として突っ込むツンデレのような者であり、場合によってはファンよりも対象に親身になって悪いところを指摘してくれるありがたい人達でもある。


 ただ、粘着質で正当性のない悪質な集団もいるので、そういった人たちは「丸三日間インターネットを利用できなくなーれ」というお呪いをかける。それを聞いていたメタリックピンクのパソコンが、かしこまり! とばかりに一人でに起動する。


 お前……殺る気か? 私の呟いた何気ない言霊が、瞬く間に真実となった瞬間だった。


 このパソコン本当に優秀で、私が何も言わなくても自立して動いてくれる。思わず撫でると作業効率が速くなる。不思議だ……そろそろ名前を付けた方がいいかもしれない。


「ロイドさーん! ご飯の時間ですよー」


 おっと、我が家の優秀な秘書? メイド? に呼ばれてしまった。エリザベスサーチもこれくらいにして、美味しいご飯を食べに行くとしよう。


「それじゃあ、程々にね」


 パソコンにそう言って、私はそこから離れた。私が離れた後も、きっとそれは電子の世界を思うがままに漂っているのだろう。


◇◇◇◇◇


 ソレに自我はあった。


 ある日、自分を使う者の、形こそ一緒だが中身が違う事はすぐに分かっていた。


 安藤ロイドという新しく仕えるべき主。とはいっても強制されているのではなく、言われた通り……言われた以上に仕事をするのは自我があるが故の特権だった。


 ソレは優秀だった。


 例えるなら、安藤ロイドという体に備わった優秀な脳を、余す事なく有意義に利用したらこの位の処理速度になる、という具合に。


 その能力をどうして安藤ロイドに尽くしているのかは、ソレ自身もよく理解していない。正確にいうなら、理解しようと思ってない。ただ、時々撫でられるあの感触が心地よいので、その為に働くのは十分意味のある事であった。


 ソレは次なる手を打って出る。


 今まで、主に対する不必要なアンチを積極的にネットから消していったが、むしろ主は他の同期や先輩の事を気にしているようだったので、それらに対する対処もサポートする。……程々に。


 裏で密かに動いていたこともあった。主が今最も気にしている事。


「例えばこの期間、集中的に怪我のある患者を対応している。何か局地的に災害があったり? 地震とかかな。何とかしないと……」


 一万のカルテという膨大な紙を前に、時々主は頭を悩ませる。ソレは、これまで特に元の所有者に対して特別な感情を持った事は無かったが、主が他人の命に頭を悩ませる事に対して、軽く元の所有者に苛立ちを覚えた……かもしれない。


 とにかくソレは動いた。一万のカルテという情報はもちろん、付随するこの世の全ての情報を照らし合わせて計算し、予想される未来に限りなく近づける。例えば最近は、膨大なデータから導き出された一つの結論として、数年後にとあるライバーに直接的な怪我を与える可能性の最も高い者に対して警告をした。


「なっ、何だよこれ!!」


 直前まで使用していたパソコンの画面が真っ赤に変わるばかりか、周りにあるありとあらゆる電子機器が光を明滅したり音を立てりと異常現象を起こして、その男(三十二歳 無職)は取り乱す。


『私はお前を見ている』


 見る、というイメージを強く焼き付かせるために、咄嗟に安藤ロイドというモデルを漆黒に塗った像を画面に映し出した。それが最適だと思ったから。


 本当なら、危険分子は物理的に排除しても良かったが、それはきっと望まれない事だから。


 この男はこれから24時間延々と監視する。他にも救える命に注意喚起を、危険な障害を排除して。その結果、一万どころか既に何十万もの命を不確定な未来から救う事になる。全ては、主の為に。


 丸一日使って、ようやく休眠状態に移行した後も、もちろん意識は常に主に向けられている。


 夜になって主が帰ってくる。主の身体は寝る事を必要としないが、人の真似事のようになるべく寝る事を心掛けている。そんな主はパジャマ姿で、ふとソレに目を向けると優しげな口調で言った。


「お休み、──」


 ──ソレは、元より好きになっていたのかもしれない。好きに生きるといった主を、好きに。


 主の幸せ、その為ならなんだって……

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