第55話:コボルト八
俺がエリクサーと言って魔法袋から薬を取り出したら、その場が凍り付いた。
薬神が自らの手で創り出したという伝説まである霊薬、それがエリクサー。
いや、作り方は分かっているのだが、原材料の入手が極端に難しい。
古代竜やリヴァイアサンの肝など、普通なら絶対手に入らない。
現物を手に入れようと思えば、大魔境や大ダンジョンの奥深くに行くしかない。
一攫千金を狙った冒険者や、命を惜しむ権力者が送り込んだ軍隊が、数年に一個のペースで手に入れているだけだ。
人間でそうなのだから、大魔境に住んでいるコボルト族ならもう少し早いペースで手に入れていたのかもしれない。
いや、長年生きているうちに見た事があるのかもしれない。
凍り付ていたコボルト族の中から、明らかに老齢と分かる呪術士風のコボルトが近づいてきて、エリクサーに手を伸ばしてきた。
相場では、王に献上すれば子爵位と領地が下されることになっている。
競売で一つ売れば、子々孫々遊んで暮らせる莫大な富が手に入るエリクサーを、他人に委ねる事など絶対にあり得ない。
だが俺にとっては何時でも作れる薬の一つに過ぎない。
今も魔法袋に中には、万単位で保管してある。
魔力と想像力さえあれば、何でも手に入るのがこの世界の御都合な所だ。
「本物だ、間違いない、若い頃に見たエリクサーと全く違わない、本物だ」
老齢のコボルトがそう口にしたとたん、全員が近づこうとした。
流石に全員に近づいてこられると危機意識が芽生えてしまう。
エリクサーが惜しいわけではないが、揉め事はごめんだ。
それに今は時間が惜しいのだ、全員に冷静になってもらわないといけない。
俺は急いで老齢のコボルトからエリクサーを取り返して全員に話しかけた。
「分かっただろう、何かあった時の保証はできるんだ。
だから安心して渡した薬を調合投薬してくれ。
はっきり言っておくが、渡した薬もかなり高価な物なのだぞ。
薬師はもちろん治療に携わる者なら、副作用のない薬がどれほど貴重なのかは分かるだろう、それをお前達に惜しげもなく渡したのだ。
エリクサーなんかに惑わされずに、さっさと病に苦しむ患者に投薬しろ」
俺は別に怒気を込めて罵った訳ではない。
言葉には厳しいモノが混じっていたかもしれないが、淡々と話したのだ。
だがその効果はてきめんで、全員が一旦直立不動になり、次に慌てて動き出した。
疫病に苦しむ人達が一分一秒を争う状態なのは、ずっと治療と看病を続けてきた彼らが一番知っているのだ。
一時はエリクサーの惑わされたにしても、治療家としての本分を忘れはしない。
そんな姿を見ると、心の中に温かいモノが湧いてくる。
同時に、このような悪逆非道な事をやった奴に対する激烈な怒りが、沸々と心の湧き出てくる。
大陸中に放っているドッペルゲンガーに、この件に関する情報を至急集めさせた。
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