四
「あとそっちじゃないよ、こっちこっち。私の家。そっちは物置っていうか、カムフラージュっていうの?そういうのだから。おーい、こっちこっち!」
西野の声が電話じゃなく聞こえる。声の方向へ振り向くと、西野の家の前に建っていた綺麗なマンションのベランダから――西野が手を振っていた。
「はは、そうなんだ。そうだったんだな――。んだよ、だから怒ってたのかよ、そうか、見当違いだもんな――」
やっと出た声、同時に身体から運が抜けていく――何か大切なものが削られていく消失感。だけど何故か、おれは笑ってしまった。こんな時――人は最後に、こんな目に合うと、笑ってしまうのかもしれない。
愛車の近くに、エリナが立っていた。黒い瞳でおれを見つめている、運だろうがなんだろうが好きなだけ削るといい。抵抗なんかする気もないからよ。
「最後だから、せめて本当のこと――教えるね。私の噂ね、ほとんど本当なんだ。私を虐めてたあのヤンキー女は、今回みたいな場所に連れてって殺したし、私結婚も二回してるんだよ。生命保険掛けるだけ掛けて、呪い殺してるけどね。このマンションもそのお金で買ったんだ。それだけじゃない、うざったい男とか、すっごいたくさん殺してる。だから、噂はほとんど本当。まぁ――噂よりもっと殺してるってこと」
最早返答する気力すらない。ただ、苦笑いを浮かべて西野がいるベランダを眺めながら、立ち尽くしているだけ。
「それとね。最初は――本当にお兄さんのこと解決して、市井くんと仲良くなりたかったから、うまくやるつもりだったんだよ。でも、思ったよりもすっごい強い悪霊で、びっくりしちゃった。市井くんもいけないんだよ、絶対に何があってもあの部屋に来ちゃ駄目って言ったのに。来ちゃうから市井くんまで呪われて、彼氏まで捜さないといけなくなったんだから」
西野はそう言うとまたくすりと笑った。おれはじっと西野を眺めることしかできない。背中に嫌な汗を掻きながら、じっと西野を見つめることしかできない。
「でも、多分二人とも探すのは無理だなぁと思ったんだ。エリナはね、鋭い子だったのかな。私という本質を見抜いて、私のこと嫌いだったんだよ。だから、全然ヒントもくれないし、名前しか教えてくれないし、悪霊にはよくあることなんだけど、意識が混濁して話にならないし、かなり私は焦ってたよ。それで、見つかるかわからないなら、市井くんがエリナとちゃんと話すと私のこともそうだし、本当は彼氏捜すんだってバレちゃうじゃん?積極的に喋らない方がいいとか適当なアドバイスしたから、やっぱり私が悪いのかな?」
西野の声がノイズのようなざらついたような感覚になる。多分、聞きたくないんだろう、でも、聞かないなんてことはできない。指はおれの意思とは関係なく固まってしまったように、ケータイを握りしめている。
「彼氏のこと、教えなくてごめんね。失敗したかも――もしかしたら、二人とも探せたかもなんて今なら思える。市井くんほんとに凄い人だったし、ちゃんと最初から彼氏もだよって教えてたら、呪い殺すんだから矛盾してるけど、エリナは市井くんのことを嫌ってはいないっぽいし、へたしたら六年くらい猶予をくれたかもしれない。でもさ、そんなことわかんないじゃん?自分の命はなによりも大切じゃん。安全策を採るのは普通でしょ?市井くんはそんなことないだろうけど、彼氏だかなんだかまで探してたら、市井くんも自分の命が惜しくなって母親を探さなくなっちゃうかもだったし。ほんとずっとね、実は彼氏連れてくることが呪いを解く条件だってばれないかヒヤヒヤしてたんだ。霊感がないってすごいよね、理不尽すぎるよね」
饒舌にぺらぺらと眺める西野を見ながら、おれはケータイを握りしめる腕とは逆の腕で、ポケットからしわくちゃになった煙草を取りだして火を点けた。多分――これが最後の煙草だな。味わって――吸おう。
そうか、まぁ――そうか。西野は、自分の命を優先した。そりゃそうか。軽い気持ちで協力したのに、巻き添えで死んだらたまんねーもんな。それはまぁ、しょうがねぇ――のかな。
「はは、よく喋るな。そんな喋る奴だったんだな。まぁなんでおれなんかと仲良くなりたかったんだよ」
もう――覚悟は決まった。ああ、でも後悔するのは――亮介、花ちゃん、ヤマ――。お前らの言う通りだったよってこと。お前らの言う通りにもっと疑っていればな――。西野だけじゃなくて、おれがやっていること、そのすべてをさ。ほんっと、甘いよな。おれのこういうところ。でも、良いところでもあるよな?
「さすが市井くんだね。なんでそんな余裕なの?怒らないの?あれだよ、山下さんみたいなヤンキー女うざったいからさ。私怖いの不良なんだよね、霊と違って肉体あるし、殴られたりするし。だから、市井くんみたいな人と知り合いとか、仲良ければそういうのなくなるじゃん」
「あ――…だからヤンキー好きとか言われてるのか。悪いけど、もう庇えないし、庇うつもりもないぜ。おれが死んだら、ヤマとか亮介は間違いなく来るから、うまくやっておいてくれよ。あと、エリナの母ちゃんの家にお前も来たんだ、あの彼氏に顔も見られてる。いつかはぜってーばれて復讐に来るぜ?警察だってもう動いてるだろ」
「ヤンキーなんか嫌いだよ。頭悪いし。でも――市井くんは本当にいい人だった。本当にこんなことになりたくなかった、それだけは本当だよ。うん、木崎くんに山下さん――ね。それはもう大丈夫。市井くんがもう駄目だと思ったから、もう変わり見つけたんだ。私はそこまで馬鹿じゃないよ」
「は?」
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