Ⅲ
それから、警察へ通報し、西野が拉致されていた場所に居た奴らと、おれ達を待ち構えている阿久津の元へ警察を送り込んだ。
おれと亮介が踏み込む前に、警察へどうして連絡しなかったと怒られたりもしたけど、今回はやり過ぎたりはしていないし、そっちではお咎めはなさそうだった。
それと、眼鏡は病院へ直行した。やはり手首は折れており、よく見て見れば顔の傷も縫うことになりそうなくらいは深かった。
それぞれが警察で軽く事情聴取をした後に、自宅へと送ってくれた。おれは西野と話をしたかったけど、なんだか猛烈に疲れていたので、明日でいいやと思い自宅付近で降ろしてもらう。
亮介は――怒っていた。あれほど怒る亮介を久しぶり――というか、女に怒る亮介を初めて見た。
あいつはあいつなりに、何かがあったんだろう。確かに、西野が眼鏡をないがしろっていうか、後回しにしたのは事実だけど、それだけであれだけ怒るだろうか。亮介はそういう――義理とか、恩義を大切にする奴ではあるけど。
「――…」
花ちゃんからは色々聞いていると言っていた。その話の中で何か思うとこがあったのだろうか。それとも、元から気に入らなくて我慢していたのが爆発しただけなんだろうか。
そんな風に考えながら歩いていると、あっという間に自宅へと到着する。親の車はなかった。相変わらずまだ忙しいのか、二人で傷を癒しているのか――どっちでもいいんだけど、何か食い物まだ残ってたかなぁなんて間抜けなことを思う。後、親の金も心配だ、絶対に兄貴の件はまだカタがついていない。最悪、家を売るから市井家解散とかにならないだろうな――。
「あ、あの――」
おれのバイクの影から、意外な人物が出てきてびっくりした。
「な、何してんの花ちゃん――」
「すいません、こんな時間に」
びっくりした。なんだかんだでもう夜の十一時過ぎ。花ちゃんのような真面目な子が、外をふらふらしていていい時間じゃない。
「い、市井くんとどうしても二人でお話がしたくて、家まで来ちゃってごめんなさい」
ほんとだよな、電話があるんだから、電話でもいいとおれは思うぜ。
「花ちゃん、こんな時間に何してんだよ。こんな時間に自宅の前に女の子が居たら、おれだって男だよ。がぶっと食べちゃうぞ。ただでさえおれは花ちゃんには出席簿だけで我慢してるんだからな」
おれはそう言いながら少しおどけた演技で花ちゃんの頭をがぶっと食べる仕草をする。だけど、花ちゃんはそんなおれの威嚇的な仕草をまったく気にしないで、口を開く。
「市井くん、お願い。あの時の約束がなくたって――出席簿も毎日マルしますし、私の身体でもなんでも差し出してもいいです、だから――」
花ちゃんは一歩近づいてきて、おれの胸に手を当てた。そして、すごく悲しそうな表情をする。
「もう――西野さんとは関わらないで」
またか。と正直思った。あの花ちゃんがここまで言うなんてマジでなんかあるんだろうなとは思うけど、もう駄目なんだってば。
「花ちゃん、心配してくれるのは嬉しいんだけどよ。もうそういうわけにはいかねぇんだ、全部終わったら、ちゃんと花ちゃんにも話すから。関わらないとか、もう無理なんだって。西野がいないと、すげぇ酷いことになんだって」
この言葉を何回言ったか覚えてない――もう、今更関わらないわけにはいかない。それをすべて説明したいけど、こればっかりは実際に呪われてみないことには理解できないだろうし。
「なら…じゃあせめて――信用はしないでください」
花ちゃんはそう言うと胸に当てた手をぎゅっと握る。
「常に疑って…ください。本当にあの人は――いい人じゃない。言葉では説明できないけど、私にはすごく嫌な予感というか、何か嫌な感じがする。悪いことが起こる予感というか、確信すらあります。笑わないで欲しいんですけど、なんか、そういう予感がするんです。私、昔からなんかそういのあって――霊感ってやつとはまた違うと思うんですけど――本当に、嫌な予感が当たるんです」
花ちゃんは必死だった。花ちゃんのような真面目な子が、おれのようなカスの為にこれだけ必死になってくれているのを、あんまり無碍にもしたくないんだけど、信用しねぇとか、ましてや関わらないってわけにもいかねぇし、西野信用しないと話にもならねぇしなぁ。
つうか、花ちゃんも霊感あんの?なんだその便利な特技。
「わかったよ、花ちゃんがそこまで言うなら、最大限気をつけてみるから」
「約束です――絶対に約束ですよ」
花ちゃんは泣いていた。しかも鼻水まで少し出して泣いていた。
ここまでして関わって欲しくない、信用して欲しくないのか――。
まぁそれは過去に色々あったってのもあるんだろうけど、ここまで言う理由を明確な言葉にできないもの…嫌な予感とか、嫌な感じがするから――ってのは、花ちゃんも結構強い霊感を持っているんじゃないかなぁなんて思った。
あれ?もしも花ちゃんに結構強めの霊感があったら、西野悪い奴ってことになるな。まぁどのみち、例えそうだったとしてももうどうにもならないけどさ。
それにこれも何回も言うけど、巻き込んだのはおれ。西野が例え悪い奴だったとしても、協力してくれているのは確かな真実だし、命が掛かっているのも事実。おれを利用するのであれば、とことん利用して欲しい、マジで。
あと花ちゃん。おれはそういうことを笑ったりしないぜ。超常現象的なもんは、マジでこの世界にあるからな。
「とりあえず花ちゃん、おれは大丈夫だから。花ちゃんがここまで心配してくれるんであれば気をつけるしよ」
「絶対に…約束です」
花ちゃんはそう言うと袖で涙と鼻水を拭った。マジ、女の子なんだからハンカチくらいもっとけよと少し思った。ああ、プレゼントしてあげてもいいか、いつかな。
ただ――もしもさ。
おれになんかあったらさ、おれの墓の前で笑ってくれよ。
ほら――私の言う通りだったでしょって、笑ってくれよ。
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