最早授業に出るつもりなどさっぱりないので、私服のまま愛車を飛ばし、校門の横にそのまま停める。ここで長門軍曹に電話をしようと思ったけど、その必要はなかった。

「立ててめぇおいッ丸まってんじゃねぇよッ立ちなよ、なんかあるなら言い返しなよッ」

 校門から入ってすぐの広場に出来ている人だかり、そしてその中から聞こえるその声。

 間違いなくヤマだ――。すぐに人だかりをかき分けて中に入る。

「おいッヤマッ」

 その光景は酷いの一言だった。半裸でブラジャーはしているけど、それを隠すように蹲る西野と、その前に威嚇するように立つヤマ。ヤマの足元に、破かれた西野のであろうワイシャツが地面に落ちて汚れている。

「てめぇッ何やってんだよマジでよッ」

「時鷹――ッ」

「ヤマッ!てめぇ何してんだって聞いてんだよッ」

 ヤマはここまで酷いことをするような女じゃない。少なくともみんなが見ている前でこんな辱めを受けさせるような女じゃない。かなり気性が荒いところはあるけど、こんなことをするような女じゃない、だからこそ昔は惚れていた。

「ねぇ時鷹、この女がどんな女か知ってるの?私だって中学から知ってるようなクソ女だよ、それがまさかこいつだとは思わなかったけど。それでも、大人しくしてるなら私はなんも言わないけど、時鷹に手を出すなら、私は許さない」

「うるせぇよ、事情も知らねぇでよ、お前ちょっと一回離れろよ」

 おれはそう言ってヤマを押し、着ていたパーカーを脱いで西野にかけた。西野は俯いたまま、軽く震えている。

「ヤマ、お前なんなんだよ。別におれが何しようがお前には関係ねぇだろうが」

「それなら、私だって自分の気に入らない女どうこうしようが関係ないでしょ?」

 ヤマがそう強い言葉を言った時、ヤマの後ろの人だかりに眼鏡を見つけた。ヤマから視線を外し、眼鏡に西野を連れて行けと目と顎で合図する。眼鏡はこそこそっと出てきて、西野を連れて行く。西野の顔をちらりと見たけど、血が出たりはしていないようで少し安心した。

「時鷹、あの女がどんな女か知ってるんだよね?もう亮介から聞いたよね?んで、私がそういう女だいっ嫌いだってことも、わかってくれるよね」

「事実じゃねぇかもだし、例え本当でもおれはそういう関係じゃないから、別になんとも思わない」

「じゃあどういう関係なの?こそこそ待ち合わせして、こそこそ会う関係ってどんな関係?私に教えてよ」

「言う必要はないし、お前に関係ない」

 かなりいらっとしているけど、さすがに女を――ヤマを殴るわけにはいかない。

「じゃあ逆にさ、私がさ、時鷹が嫌いそうなクソ男とつるんでたら、同じ事すると思わない?」

「わかんねーよんなこと。とにかく、今はおれのことはしばらくほっといてくれよ」

「ほっとけないよ、だからこんなことするんでしょ」

 ヤマはそう言うといきなり涙ぐんだ。マジで女はこれ、本当に汚いというか、ズルい。もうこれやられちゃったら、男はどうしようもない。ホントに女の涙はどうしょもない。

「どうして?お兄さんのことでしょ?別に、私だって亮介だっているじゃん。どうして頼ってくれないの?なんなの、なんかあったの?言ってよ」

「まぁ、色々あんだよ。終わったら全部話すから。大体お前――こんなとこでいきなりあんなことするなんて何考えてんだよ。そんな弱い奴を虐めるような奴じゃねぇだろうがよお前はよ」

 おれがそう言うとヤマは涙ぐんでいた目をきゅっと細めて、再び臨戦態勢モードに入った。

「あの女は弱くなんかない。ずっと強かな女だよ。私だってこんなことするつもりなんかなかった。でも、挑発するだけしてきたくせに、被害者になりたかっただけ。よく居るよああいう女。悲劇のヒロインになりたいタイプ」

「挑発――?」

 おれが怪訝そうな顔でそう聞くと、ヤマは軽く怒りを逃がすようなため息をついてから口を開いた。

「そうだよ、私だって普通に話そうと思ったよ。でも、話してる最中にさっきあいつを連れていった眼鏡に電話して、時鷹呼べって指示したんだよ。そしたら急に、もう面倒ですしあなたには関係ないしっていうから、私もかっとなっちゃって」

「そんなこと――マジかよ」

「信じてくれなくてもいいよ、別に。そうやってすぐ男利用するってことは噂通りじゃん。それに可哀想な自分も時鷹に見せられて、作戦通りでしょ。典型的な悲劇のヒロインタイプ。私は納得いってないし、ほんとに許せない」

 ヤマは怒りをいったんは吐き出したけど、ここでまた吸ったようで、また目を細めて怒りの表情へと変わる。まぁ、もしも盛りナシでこの話が事実なのであれば、ヤマだったら間違いなくキレるだろうな――。むしろ、もっともっとやられていたかもしれない。

「それで時鷹――。私達じゃ駄目なの?何かあれば――手伝うよ。本気で」

「――…」

 ヤマも、亮介も、花ちゃんも――。みんなの気持ちはわかる。でももう、手伝ってもらうことはできない。

 西野の気持ちが、なんとなくここでわかった。こんなことに、誰も関わらせてはいけないんだ――。

 どんなに口で説明したって、どんなに真剣に説明したって、こればっかりは呪われた当事者じゃないとわからない。

 おれは昨日、マジで幽霊を見た。マジで呪われた。そして、同じ事をして兄貴はマジで死んだ。

 そんなものに、関わらせようとする友達が何処にいる。いや、友達じゃなくたってそう、死ぬかもしれない自分のことに、自分以外で積極的に関わらせることなんて――できないだろ。

 もう、西野の噂なんてどうでもいい。全部本当で、西野は悪い女で――おれをなんかしらで利用したくて協力しただけなら、それでもいい。どうにだって利用してくれ、おれはそれ程の迷惑を間違いなくかけてしまっているんだから――。逆に西野が本当に悪い女だったのであれば、そんなおれを利用したい程度の軽い気持ちで命を賭けさせて、本当に申し訳なく思うくらいだ。

 すべてを話さずにエリナの母ちゃんだけを捜してもらうとか、そういうこともできるのかもしれない。でも、それすらもしたくない。一切、この件に何も知らない人は関わって欲しくないし、関わってはいけない。

「ヤマ、ありがとう。気持ちだけ――気持ちだけ受け取っておく。全部――全部終わったら、ちゃんと話すから」

「――もういいよ、わかった」

 おれの言葉に、ヤマは悲しそうな表情を見せてから校門を早足に出て行った。ヤマが振り返るその瞬間、おれに背を向けたその瞬間――おれは見てしまった。ヤマが涙を流しているところを。

(ごめんな――)

 おれは心の中でだけそう呟いておく。間違っても、お前や亮介だけは関わらせたくないんだ。

 そしてみんな勘違いをしている。これは――あくまでおれのこと、おれの問題。西野を最初に巻き込んだのはおれだし、今は西野がおれを利用したくておれに近づいているんじゃなくて、おれが西野を利用し、西野にすがっている状態なんだ。

 西野が居なかったら、間違いなくおれは死ぬと思うし、西野を利用して自分の命を守り、兄貴の無念を晴らそうとしているんだからな。

 ただ、やっぱおれにはどうしても――みんなが言う西野の話がすべて真実だとは思えない。

 昨日、確かに西野は泣いていた。おれが呪われて悲しんでいた、後悔をしていた。

 火のない所に煙は立たないなんていうから、すべてが噂だけじゃないのかもしれない。

 でも――おれがちょっと前に四○九号室で見た西野の姿は、紛れもない――おれが確かにこの目で見た、真実なんだ。

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