方舟聖女 / いつか、あの川のほとりで

京ヒラク

■ex: Once more unto ――

 ――――。

 揺れる機体の中、目を覚ます。

 辺りを見回し、自分の身体を確かめる。

 見えない右目、手元の小銃、腰に提げた折れた剣。隣で棒付きキャンディーを咥えている、ところどころ赤い筋の入った白髪の少女。


 よかった、これは夢ではない。


 普通ならば、いまの状況こそ夢であってほしいものかもしれない。夢の中の自分の感性なら、年若い女の子たちが武器を持って戦うなんていうのはどこか遠い国、同じ世界ではない別の世界の出来事で、万に一つも自分に関わりのあるものではなかった。

 でも、自分にとっては、この世界は居心地がいいほうだ。

 敵を倒せば、それがそのまま自分の手柄になるのだから。もちろん自分よりも成績のいい子はいる。彼女に対する劣等感もある。でも、嫌ではない。その一番の子が自分のことを見てくれているから。


 こういうのが幸せっていうんだろうな、自分はそう思っている。


 少なくとも、周りがみんな楽しそうに騒いでいる祭りの真ん中で、誰にも気にも留められず、一人ぽつんと取り残されるのよりはずっとマシだ。それが平和な世界だとしても。




 作戦開始を知らせるアナウンスが流れる。

 気持ちを切り替える。ここから先は、戦場、自分たちの仕事場。そういう弁えが必要な領域。

 ――降下!

 掛け声と共に、機体から飛び降りる。

 眼下は戦場。

 無数の怪物。十数人の少女。

 鍋に入れてかき混ぜたかのような戦場。

 降り立つなり、突撃。

 照準器の光点を敵の心臓に合わせ、引き金を絞る。




 互いに殺し、殺される。

 首を落とし、心臓を抉る。

 引き裂かれ、食いちぎられ、犯される。

 撃ち抜かれ、吹き飛ばされる。

 何頭ものケモノに集られた少女が、決意に満ちた表情で自爆する。

 仲間を殺された少女が、味方の仇を執拗に斬りつける。

 仲間を殺されたケモノが、少女の亡骸を蹂躙する。

 血と硝煙の匂いが、死の気配が、暴風のように吹き荒れる。

 銃声、骨肉が裂け砕ける音、地面を蹴る爪や靴の音、肉や鉄が地面に落ちる音、そして誰のものかもわからない叫びだけが響き続ける。




 人間兵器「聖女」――

 それは戦場のおとぎ話が現実になったもの。

 神話の時代の武器に選ばれた、特別な少女たち。

 人類に仇なす怪物を倒すことを宿命づけられた者たち。

 生まれたときから犠牲となることを定められた〝可哀そう〟な女の子。


 ケモノを倒せば、心ばかりの称揚。戦死すれば、いたずらな哀惜を浴びることになる。

 まったく価値がないというわけではないが、当人からすれば無意味にも思える人生。

 彼女たちが戦いの末に命を落とそうとも、敵を討ち滅ぼそうとも、彼女たちを待ち受ける〝終わり〟に大した違いはない。


 彼女たちの結末は悲劇以外にはならない、そう初めから決められている。


 そうだと、わたしたちはわかっている。




「まったく、嫌になる」堪えきれずに呟いた。


 それが聞こえてか、隣で煙草を咥えた赤毛交じりの白髪の少女がムッと口を尖らせた。地面に突き刺した大鎌に腰を預けている。


「……何ですか」


「別に……」


「ああ、あなたも吸いたいんですか。仕方ないなぁ」


 白髪の少女は、自分の咥えていた煙草を左手で差し出す。


「そういうわけじゃないんだけどな」


 そう言いながらもグローブを脱ぎ、差し出された吸いかけの煙草を受け取る。手が触れる。白髪の少女の左手は機械の腕、その冷たさに一瞬ドキリとする。平静を装い口に運ぶ。

 吸い込み、肺に留める。

 吐き出す。

 義手の少女の吸っている銘柄は〝強い〟もので、一口吸っただけでも酔いにも似た感覚がじわじわと広がる。


「いい吸いっぷりですね」くすくすと笑う。


「やっぱ、これキツイ。よくこんなの一日何本も吸うよ」


 煙草を返す。


「ふふ、間接キスですね」悪戯っぽく笑い、咥える。


「はいはい」


 会話は途切れ、時間だけが流れる。白髪の少女が煙を吐く息の音がやけに大きく聞こえる。日が傾き始めている。


「はー、それにしても、いつになったら終わるんでしょうね。もうすぐ終わるって話は聞きましたけど」新しい煙草に火を点けて言った。


「この戦いがってこと?」


「そう」


「今年中か、来年の頭くらいかな」


「ふうん、それ言ってもいいやつなの?」


「ダメなやつ」


「大丈夫ですよ、わたしは言いふらしたりしませんよ」一瞬寂しげな表情。「それにしても来年かぁ。気が早いかもしれませんけど、遠くへ出かけましょうね。約束を忘れたとは言わせませんから」


「覚えてるよ」


「夏のビーチですよ、きっと楽しいですよ。わたしは水着着れなくなっちゃいましたけど。ま、もともとあなたの水着目当てなので大した問題でもないです」


「……」


 他人事のように話す彼女の様子に胸が苦しくなる。



 きっとこの約束は叶わない。

 ふたりにはそんな予感があった。それを口にしてしまったらそれこそ本当に叶わなくなってしまうだろうとも。



 神様に選ばれた少女たちの物語の終着は、いつだって悲劇だ。

 少女に神様と同じ力があれば、少しは変わるかもしれないが。


 でも、自分にも、彼女にもそんな力はない。


 結局自分たちにできることは、敵を倒すことだけだった。異形を狩り尽くせば、自分たちは役目を終え、断頭台へ上ることになるだろう。もしくは人間同士の争いの道具として再利用されるかもしれない。


 まったくの悪趣味だ。



 夕陽が、血のように翳った光が照りつける。

 白髪の少女、その雪のような髪が深い赤に染まる。消え入りそうな彼女の横顔。俄かに目頭が熱くなる。


 それを振り払うように、

「嫌になる」ぽつりと漏れ出た。


「ええ、本当に」


 ひどく真面目な声音で、少女は呟きに答えた。

 そして、笑ってみせた。

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