第11話 法廷にも選挙にも、卵たちは飛び交った。
翌4月29日の月曜日・祝日。
この日は、選挙リポートの執筆に明け暮れていた。
昼前にメールチェックをしていると、太郎さんから携帯の着信があった。
「偉大なる傑作、じっくり拝読させていただいたよ」
「ケッサク、ですか・・・」
「じゃないのかい?」
「ひょっとして、そうかもしれません」
「まあ、傑作か駄作かはどうでもいいけど、変なところで、卵が出てきたものだねぇ、それも、生卵が、カレーと衝突する形で・・・」
卵が衝突?
どこかで聞いたような話だぞ・・・
「ほら、O国大学遊会の元嘱託のS教官。あの人、昔裁判闘争をしていた時に、確か、証人で出廷したときだったかな、裁判官に向かって卵を投げつけた、なんて話があっただろう。ぼくらが学生時代にも、あちこちで有名だった。君も聞いたことあるだろう」
「ええ、ありますよ。あの件ですけど、Sさんにその話を最初に振ったとき、なんだっけ、「卵と法廷が衝突した」とかなんとか、仰せでしたよ」
「うん、それ。ぼくも、いつぞや取材で聞かされたよ、その話。放送ではさすがに紹介していないけどね」
「先日Sさんに聞けば、卵ばかりじゃなくて、パチンコ玉とか、大阪高裁あたりでは、酒パックが法廷と衝突したそうで・・・」
「パチンコ玉や酒パックはともかく、卵カレーの話、何かの因縁なのだろうね」
「でしょうな」
少し間を開けて、太郎さんが突如、こんなことを言い出した。
「おいマニア氏、ところで、だな、もし、卵と選挙が衝突したら、どんなことになりそうかなぁ?」
「卵と選挙ですか・・・? 先日の常木事務所の話みたいに、卵とカレーが選挙事務所内で衝突するみたいな話なら、問題ないでしょうけど・・・」
「まあ、そうだな・・・」
「例えば、気に入らない候補者本人や、あるいはその選挙カーめがけて生卵をぶつける、なんてことしたら、どうかな?」
「そりゃあ、公職選挙法の自由妨害罪の現行犯で逮捕されるでしょうな」
「つまり、選挙違反というわけだな」
「ええ。ただそれに、けが人などが出たとなれば、暴行罪や傷害罪などが追加されて、さらに罪は重くなるでしょう」
少し間をおいて、たまきさんが私に尋ねてきた。
「ところで、選挙妨害の話、永野さんでなくていいけど、誰かから聞いたことないの?」
それなら、あの話があったな。
早速ここで、宇野市長選のことをご紹介することに。
それこそ、今日の「卵」ネタで、おあつらえ向きのものがありますよ。永野さんがおっしゃっていましたけど、候補者本人に向けて投げられた卵が、候補者カーにあたって、投げた人物が現行犯で逮捕された例があります。
随分前ですけど、現在の宇野市長の赤田進さんが最初に市長選に出馬したとき、寺本昭宇野市議の息子さんが、演説中の赤田候補めがけて卵を2個投げつけたことがありましたね。幸い候補者には当たりませんでしたが、窓ガラスにぶつかりましたね、2個とも。卵黄と卵白がだらだらと窓ガラスから車の下に流れて、候補者カーの後ろで見ていた永野さんも、さすがに怒りを通り越して滑稽ささえ感じたとおっしゃっていました。運動員が彼を現行犯逮捕して、すぐに警察に引渡しましたが、彼、精神を病んでいるとか何とかで、精神病院に措置入院されてしまったようです。その後はもう、寺本市議の元に散々電話が鳴り響くわ、抗議の手紙は届くわ、寺本さん自体も心労で入院してしまい、数か月後に結局辞任する羽目に追い込まれてしまいました。その息子さんのことは市内でもそれなりに有名でしたけど、こうもなってしまえばねぇ・・・。結局、寺本さん、宇野市内には住めなくなって、関西圏の親族を頼って大阪に出て、今は、食堂を営んでおられます。
「それはまた災難だね、卵を投げられた方も、投げた方の身内も・・・本人はまあ、自業自得だろうけど」
「永野さんによれば、卵を投げるのは、何でも、世界のあちこちで昔から行われてきたことだから、何もことさら珍しい話ではないのだけどな、とのことでした。ただ実際、自分の関わった選挙でそういう目にあわされた暁には、正直、かなわなかったな、と。だけど、あの赤田進市長、その選挙で見事に当選して、今は4期目です。選挙のたびに、卵を投げつけられたおかげで、ネタの目玉ができたとか、実はあれで「当選」の目も出たとか、面白おかしく言っていますがね」
ここで太郎さんが、とんでもないことを言い出した。
「まさか、あの永野さんが、寺本さんの息子さんに卵を投げるのをあおったとか・・・」
「さすがに、それはないでしょう。でも、寺本さんの息子さんとは何度か会って話をしたこともあると言っていましたから、ひょっとすると、O大学遊会のS教官の話なんかをされていたかもしれません。永野さんは、あちこちの学生運動や大学「闘争」の情報をたくさん持っていて、それで、生卵を裁判所で投げた人がいるとかいう話を寺本さんの息子さんにされた可能性は大いにありますね」
「まさか、自分の関わる選挙で、卵を投げつけられるなんてことは?」
「思ってもいなかったでしょうね。ただ、その息子さん、父親の寺本市議とは親子仲がすこぶる悪かったとは、聞いていますが・・・」
「とはいえ、だな、いくらなんでも、気に入らない議員の政治生命を奪うために,仲たがいしている息子を使って相手の選挙時に卵を投げさせるまでの芸当は・・・」
「いくらなんでも、ないでしょう、そこまでは。だけど、あの人のことだから・・・」
「まさか・・・」
「実は永野さんに聞いたら・・・、というのは、冗談ですよ」
卵の話から、とんだところに話が進んでしまった。確かに永野さんは「謀略」的な手法が得意とは聞いていたが、そんな形で政敵の政治生命を奪うことまでするとは思えない。第一、そこまで仕込もうとしても、どこかであいつが何やらやったがゆえに、となってしまえば、そうでなくてもそういう風評が立ってしまえば、永野さん自身が選挙がらみの仕事ができなくなってしまう。
それに、寺本さん自体は他の議員だけでなく、選挙区の少なからずの有権者や地元でさえ、意外と嫌われている部分もある人だったけれども、そんなことは、政治家なら誰でもある話ではあるし、そもそも寺本さんは、そこまでして政治生命を絶たせてしまわなければならないほどの人ではなかった。
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