あいくるしい


好きでいていいですか

あなたの目にうつらなくてもいい

向けている目線がたとえ私でなくてもいい

あなたを癒す人が私でなくとも

あなたの手に触れることができなくとも

あなたに思いを一生伝える勇気がない私に

今一時、好きでいることを赦してください



甘いお菓子に顔をしかめ

しょっぱい食べ物が好きなあなた

飲むのはいつもお茶か水

物静かなあなたは真剣な目で

絵筆からキャンバスに筆を走らせる

モチーフに目を向けるあなたは

いったい何が見えているのでしょう



ある女の子があなたを見ていた

別の女の子もあなたをうっとりと見ていた

でもあなたは見向きもしなかった

その様子に安心はしなかった

でも焦りもしなかった

全てを諦めた私には何もかもが眩しかった

全身から好きってというオーラを出せる

あの子達が羨ましくて仕方がなかった



私は底意地の悪い男に

陳腐な呪いを掛けられた

普段ならいつもはね除けていた

でもあの言葉だけは違った


「誰もお前なんか見向きもしないし、

好きにもならない。

その感情は迷惑で仕方がない。

お前に好かれる人間が可哀想だ」


何も関係ない男に言われた言葉

私が好きになった人間はその男ではない

それだけが救いだった

ただ人を傷付けるために発せられた凶器

後先考えない忘れ去られる戯言

私にはその言葉が真実のようで仕方がない

万人に好かれたいとは思ってない

ただ一人に嫌われたくなかった

私は何もかもが怖くなり

諦めた







くるしい

くるしい

言葉に出来ないことが苦しい

態度に表せないことが苦しい

目を向けることをはばかれることが苦しい

伝えるすべを持てないことが苦しい

好きを形作るものを全て殺さなければいけないことが苦しい

ちっぽけな呪いをはね除けられないことが

苦しくてしかたがなかった

情けなかった

でも泣くわけにはいかなかった



諦めているくせに

臨みなんてないと思っているのに

夢見てしまう愚かしさ

あなたとモチーフの前に並んで

キャンバスと向き合う時間が幸せだった

物理的に横にいても目を配らせないよう

気を張っていても

筆を走らせる音が存在を教えてくれた

あなたが完成をさせる絵を見るたびに

好きだなあと思ってしまった

いとおしくて、くるしくて

だけどもそれ以上に

あなたが幸せでいて欲しかった

あなたを守りかった



様々な苦労をしたあなた

苦い挫折を経験したあなた

あなたにたくさんの幸せが

あなたを助けてくれる人が

集いますように

明るいところを歩いて

希望に満ちたりた人生を

そして、いつしか

あなたを心から幸せにしてくれますように

いつまでも願っています




それが私だったらよかったのにと

未練がましく言いません

ただ、

そんな人間が居たことを

顔や声や名前をすべて

忘れてください

あなたの人生に私は必要ありません

何も求めません

だから、

一時だけでも好きでいることを

赦してください



くるしみもいとしさも

全部

私の中で抱かせたままでいさせてください

思いを告げられぬ

ぶつけられない

こんな弱い私に最期の慈悲を


あいしています




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