閻魔大王〜現代に天下る〜
荒巻一
第1話 天降り
ここは冥界の入り口…
今日も多くの死者が三途の川を渡ってきた。川を渡ったあとに待つのは鬼、鬼、鬼。小鬼の大群だ。
と言っても今はまだ害をもたらす存在ではない。丁重に死者をもてなし、ある場所へと案内をする言わば受付係である。
そしてある死者が小鬼に連れられて冥界の入り口前へとやってきた。
そこに待つのはここの主である
「名を申せ」
死者の名前を閻魔に告げる。
閻魔は大きく分厚い本を取り出し、パラパラとページをめくるながら名前を探していた。名前が見つかると死者の現世での行いが、事細か記載されている。死者は非道を繰り返し多くの人間を不幸に陥れてきた。そうなれば判決を下すのに迷う必要などない。
「主は地獄行きだ。連れてゆけ」
死者とて地獄が一体どんな場所なのかは知らない。いや生前から天国や地獄などという曖昧で信じ難いものなど考える人間がいるだろうか。
地獄行きが決まると死者は暴れるように小鬼に抵抗する。
「待ってくれ!どうして俺が地獄行きなんだ」
非道を行う人間などこの程度。
自分がしてきたことに罪悪感などない。全て自分のため。他者の気持ちなど考えてなどいない。そんな人間の質問に答える道理がどこにあるもいうのだろうか?
「お前は輪廻転生すること無く、地獄で永遠に彷徨い苦しみを受け続けるがいい」
そして死者は暴れながら小鬼に連れて行かれた。
冥界の門が開く先は地獄ルート。
中で待っているのは
名前の通り、牛の頭に人間の身体をしたものと牛の頭に人間の身体をしたものである。
こうして
死者全員が地獄に行くことはない。
極楽浄土に行く者の中には存在する。
その中に心の清い女性がいた。
女性の名は
彼女の生前は苦悩で満ちていた。
幼い頃に両親は離婚をし母子家庭で育ってきていた。だが母は生活のため忙しい日々を送っていたため、愛情というものをもらうことが多くは無かった。
それから時は経ち、彼女も愛する人と結婚し1人の子どもが出来た。
彼女は自分の娘を目一杯愛してあげた。
夫とも仲が良く幸せな毎日を過ごしていた。
しかし夫は会社の同僚に騙され、トラブルが続き自殺を決意し死んだ。
残ったものは多額の謝金のみ。
1人で返済など出来る金額ではない。
そして過労が原因で命を落とすこととなった。
そんな中でも生前から贅沢をせず、日々の感謝を忘れず、困窮した人々に手を差し伸べてきた。
ここまで素晴らしい人間は極楽浄土へ行くのは確定している。
極楽浄土へ行く死者の中でも、このような苦労人には人間に生まれ変わってからの願い事を1つだけ聞いている。
どんな願い事でもとなると欲の出るのが人間の汚い部分でもある。
彼女は沈黙をしてから意外な願い事を閻魔に頼み込んだ。
「現世の不条理を裁いて欲しいのです。今の人間は綺麗な心を持つ者はおらず、汚れた世の中になっています」
「ほぉ…面白いことをいう。我に汚れた世を裁くということは罪人を地獄に向かわせるということ」
それを意味するのは、犯罪を肩代わりしてくれと言っているようなもの。
「人間の命は同等の価値で、それ以上でもそれ以下でない。この願い事を受理すると主を極楽浄土へ連れては行けぬ」
彼女は迷うことなく、閻魔大王にお願いした。
その瞳は真っ直ぐで決意の固いものだった。
「これほど素晴らしい人間が、このような願いを頼むほど下界は腐っているのか」
「どうか宜しくお願い致します」
そして彼女のルートは地獄へと変更された。
彼女は輪廻転生することなく、閻魔が裁く命の分だけ地獄で苦痛を味わうことになる。
「閻魔様、最後にもう1つだけ願いを聞いて欲しいのです。私の娘を守ってください。それだけで十分です。あとは地獄でどんな罰も受けますので」
閻魔は彼女の願いを聞き届け、下界へ天下ることを決めた。
閻魔が裁くはずの死者は、別の冥界へ連れて行かれることになる。同じ冥界の王であるハデス・アヌビス・プルートー・ヘルの下へ。
こうして閻魔大王は下界に天下り、彼女の願いを叶えるべく世の不条理に残酷無慈悲の鉄鎚を下すのであった。
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