君が渡したラブレター

みこ

君が渡したラブレター

 本なんて読まないし、図書委員なんてかったりぃ~なんて思っていた、4月。

 運命の出会いはやってきた。

 同じクラスのおっとなしそ~な女子、酒井さん。三つ編みお下げだし、眼鏡だし。運動下手そうだし?

 そんな、親しくもない子と図書委員。絶望だよね。せんせに抗議に行ったもん。「せんせ~、オレ、本なんかわかりません!」ビシッって顔で言ったはずなのにさ。せんせってば、「ホームルームさぼるやつが悪いんだろ~!」だって。いやいや、ホームルームっつったらアレよ?だいたいつまらん「さよーなー」だけで終わるものって思うじゃん。思うじゃん?

 で、オレの抗議も虚しく、4月から図書委員。どうすんだよって思いながら初めての委員会。初めての学校図書館。隣に居たのは酒井さん。

 いや、クラスで2人だけの図書委員。クラス毎に集まってんだから、隣に酒井さんが居るのは当たり前なんだけど。

 その時、酒井さんが話しかけてきたわけ。

「草山くんは、どんな本読むの?」

 おずおずって感じで。いかにも、私おとなしいですーって感じで。

 でも、今思えば、そのおずおずって感じもかっわいー!せっかく同じ委員になったし、仲良くしとこって思ってくれる酒井さんかっわいー!

「悪ぃ……オレ、あんま本とか読まなくて」

「そうなんだ。私はねぇ、この本、好きなんだ」

 普通は、普通はよ?こういう時って「そうなんだー」だけで会話終わっちゃったりすんじゃん?けど、奇しくも海外文学のコーナーの前。きっと酒井さんが一番好きなコーナーの前。

 酒井さんはそこから本の話を始めた。手に持ってるのは「ピーター・パン」。おお、それならオレでもわかる。小さいときアニメ見たし。

 かわいい趣味してんなーって見てたらさ、めっちゃ目ぇキラキラさせて話してんの。そんなよくしゃべるキャラだっけ?みたいな感じでさ。これもう、恋に落ちる音がしたよね。

 勉強も運動も本気になったことのないオレから見たら、本気になってキラキラしてる子が、ほんとにかわいく見えたんだ。それも、オレみたいな愛想もない奴に明るく話しかけてくれて。

 で、さりげに名前聞いて。酒井愛ちゃんだって知ったわけ。名前もかわいいじゃねぇかよ。おい。

 幸せ絶好調のまま半年が過ぎて。仲良く話せるようになって。お互い連絡先の交換とかも、してさ。それが、酒井さんのアイコン!なんかイケメン出てきたらどうしよーとか思ったけど、ぬいぐるみがピーター・パン持ってる写真でさ、もうノックアウトよね。

 で……そのあと、まあ、善良なオレのこと。好きな本とかCDとか、貸しあったりできるようになって。

 オレも、まともに授業受けるようになって。だって教室行けば酒井さん居るし?

 話せるだけで幸せかって。そんなこんなで半年が経った秋。

 チャンスは訪れた。

 告白?いやいや、まさか。もっと仲良くなるきっかけが欲しいだけだ。ヘタレなんて言わないでほしい。そりゃあ告白だってしたいし、脳内リンゴンなら毎日だって鳴らしてる。オレの女神だ。けど、好かれてる自信なんてなんもなくて。オレなんか……テストすれば後ろから3番、体育でも野球だのサッカーだのやってる奴とは正反対のダメダメダメ子ちゃん。恋愛にだって、勝てるわけないって。二人の時間、大事で、さ。こうして一緒にいられるだけで、それでいいって、思ってるんだって。

 校門を出るとき、「草山くん!」って後ろからかわいい声がした。酒井さんは図書委員の別のクラスの女子と仲がいいらしくて、いつもはその子と帰るから、一緒に帰るイベントなんてなかった。けどその日、なぜか呼び止めてくれたんだ。

「一緒に……帰ろう?」

 ちょっと顔を赤くしながら息があがった酒井さん、かっわい~!心の中で、愛ちゃんって呼びたいくらいかわいかった。

「昨日貸したCDさ」

 話題話題って思いながら話しかけたら。なんと。

「あ、佐藤くん!」

 って言いながら一緒に帰るはずの酒井さんが走って行ってしまった。

 え…………?

 佐藤くん?佐藤、といえばうちのクラスには一人しかいない。野球部で最近先輩からの評判が上がってるだとかで、人気急上昇の佐藤くんだ。いや、日本には佐藤なんて沢山いる名前だ。なんなら、目に入るやつの3人に一人くらいはきっと佐藤だ。まさか。

 とかなんとか思ってる間に、校門を出て数十メートルのバス停から酒井さんはちょうど止まっていたバスに乗って行ってしまった。

 置いてきぼり?

 え?

 小走りで酒井さんを追いかけ、バスの窓を見ると、息をきらせながら、確かにうちのクラスの佐藤と話している酒井さんを見つけた。

 何か話したあと、手紙のようなものを渡すのが見えた。

 え?

 それって……ラブレター……?

 今時ラブレターなんて……って思うけど、あの文学少女のことだ。ラブレターで告白すること、ありそうな気がする。

 ラブレターと酒井さんのイメージがあまりに合いすぎで、余計に立ち尽くしてしまった。

 プシュー……。

 立ち尽くすオレを、掃き捨てるようにバスが発車した。

 そんな……。

 う、そだろ。

 バスの中の酒井さんと目が合う。

 酒井さんは少し焦るような表情を見せた。

 うそだろ、うそだろ、うそだろ。

 いってしまう。

 その瞬間、オレはバスを追って走り出していた。バスを追って、道路を、左へ、右へ。

 自分の行動を疑う。

 でも、事実だった。

 オレは、初めて見つけたオレの女神を、誰にも渡したくないって、そう思ったんだ。

 ラブレターを渡すってことは、また付き合ってないんだろって。

 じゃあ、ここで追いかけて、オレが手を上げれば、もしかしたらまだ間に合うかもしれないって。

 酒井さんの好きな気持ちなんて消えるくらい。隣に居たいのはオレなんだ。

 なんだかんだ理由をつけて、告白もせずに半年。けど、酒井さんへの気持ちは、大きくなるばっかりだった。

 君が好きだ。

 好きだ。

 せめて、気持ちを伝えられたら。

 次のバス停でバスが止まる。

 その瞬間、つまずいて地面に転がってしまった。こんなに本気で走ったのは、初めてだった。

 息があがって、汗が吹き出す。

 学校鞄は、1メートルほど後ろに飛んでいってしまっていた。

「酒井さ……」

 バスの中にいる酒井さんに声が届くように、引き止めるように声をあげた。

「オ、オレ……」

 汗で目の前がよく見えない。

「オレ、君が好きだ!!」

 ザッ……。

 目の前で、誰かの足音が止まって、誰かが転ぶ音がした。

「酒井さん!オレ、君がどう思ってても、オレは……」

 プシュー……。

 また、バスが走り出す音がした。

「さか……」

「ちょ、ちょっと待って!」

 顔をあげるオレの言葉を遮ったのは、まぎれもなく目の前で転んでいた酒井さんだった。

「えっ……」

 そのまま恋を成就して行ってしまうのかと思っていたから、そこにいるのは予想外だった。

 でもちょうどいい。聞いてもらえるなら。

「酒井さん、オレ、君が……」

「待って待って待って!」

「え……?」

「恥ずかしいからぁ……」

 言いながら周りを見渡す。学校鞄を拾ってくれたらしい犬を連れたおばちゃんやら野次馬の中学生集団やらに囲まれている。

 そこで我に返ったオレは、鞄を受け取り、酒井さんと一緒に立ち上がった。

「ご、ごめんなさい」

 砂を払うと、改めて二人で近くの公園に向かう。途中、酒井さんが謝ってきた。

「あの、平野アユミってわかる?同じ図書委員なんだけど」

 ああ、アユミってあの、図書委員の度に一緒に帰ってた女の子か。

「あの子がね、うちのクラスの佐藤くんが好きで、私、佐藤くんとは同じ中学だったから、ラブレター頼まれちゃって……」

「……え?」

 ラブレター。もしかして、バスの中で渡していた手紙のことか。オレの瞳に、少しだけ光が戻る。

「すぐ降りるつもりだったんだけど、降りられなくなっちゃって……ごめんね……」

 まさかそんな。そんな話を聞いてしまうと、ドラマチックにバスを追いかけてしまったことが途端に恥ずかしくなってしまう。うおー……オレ、ちょっと自分に酔ってたかもしれない。でも、酒井さんを誰にも渡したくないって気持ちは本物だ。

「それで……」

 なんとなく顔を赤くしながら言いにくそうにしている酒井さんの言葉を遮る。

「オレ、君が好きだ」

 自然に出た言葉だった。今度は、酒井さんの目を見て言った。

「私も……」

 返事は直ぐに返ってきた。

「私も好き……」

 …………。

 二人で顔を見合わせる。その瞬間、二人の顔が火山のようになった。ボフッと音がした……ような気がした。

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