報告会ー2ー

 いつものアパートのいつもの部屋で、僕と唯さん以外の――お客様である高橋さんが、呆れた様子で目の前の椅子に座っている唯さんに向かって苦言を呈した。

「お前な、主役にお茶淹れさすなよ」

「だって……」

 唯さんは口を尖らせつつも、助けを求めるように仕切りの向こう――台所でお茶とお菓子の準備をしている僕の方に視線を向けている。

 どうしようかな、と思うものの、女性同士の会話に無造作に割り込めるほど僕は子供ではなかった。まずは唯さんに微笑み返して様子を見てみる。

「だって、なんだよ?」

 絡む口調で高橋さんが唯さんをつっつくと、唯さんはそっぽ向いて不貞腐れた声を上げた。

「私、急須でお茶入れられないもん」

「はあ!? 茶ッ葉入れて、湯を注くだけだろ?」

 ツッコミというより、もっと荒ぶった調子で唯さんに迫る高橋さん。

 仲が良いんだか悪いんだかよく分からない二人に、僕は、今度は苦笑いで割って入った。

「淹れ方の微妙な違いで味は変わるんですよ」

 計量スプーンはあるものの、何杯入れるかや、蒸らし時間、他にも色々な要因によってお茶の味は変わる。単純そうに見えて、意外と工夫の余地がある。

 茶ッ葉入れて、湯を注ぐだけ、なんて単純作業ではないのだ。

「あ……確かに」

 お茶を淹れている僕に向かって、『だけ』って簡単なことのように言い切った気まずさがあるのか、高橋さんはちょっとしおらしくなった。

 ただ、唯さんが逆に調子に乗ってしまったけど。

「ほーら、ほーら」

 高橋さんは少し僕を見てから、ジト目で唯さんに視線を戻し、さっきよりは落ち着いた声で言い返した。

「お前な、相方が出来るんだから、一緒にいて少しは感化されろよ」

「ぶー、ぶー」

 子供っぽく口を尖らせている唯さん。

 そうした二人の掛け合いを、ちょっと悦に入った表情で見つめる僕。

 久しぶりってほどに間が開いたわけじゃないんだけど、なんか、こういうの見てると安心する。色々あった後だから余計に。

 今日は先生もお休みだったみたいで、連絡をしたのは昨日の深夜だったけど、ちょうど良いから、と、午後からこれまでのことを一度皆でまとめることになっていた。

 今はまだ高橋さんしか訪ねてきていないけど、遅刻の連絡は入っていないので、もうそろそろ……。

 ピン、ポーン。

 と、考えていたところで、ちょうど玄関からチャイムの音が聞こえてきた。

 唯さんみたいにこちらの返事をまたずにインターフォンに話しかけてきたり、高橋さんみたいに連打しないことから考えるに最後のお客さんが来たのだろう。

「いらっしゃいませ」

 顔を確認してからドアを開ける僕。

 高橋さんの知人の先生が、今日は紺のスーツでパリッと決めて立っていた。

 しかし……この先生は、相変わらず眉毛がもっていくな。硬く見られたいなら損しているけど、親しみやすく見られたいなら得をしている。本人は、どっちを狙っているんだろう?

 失礼にならない程度に顔を見ると、ぺこりとお辞儀をされたので慌てて僕もお辞儀を返す。

「いや、この度は、力にもなれず、招いてもらってしまって。あ、これ、お土産」

 丁寧な挨拶の後に手渡されたのは、近くの和菓子屋の煎餅だった。きちんと箱に入っている、少し高めの品。逆にこれだけの物を持参されると少し気が引けてしまうな。

 まあ、淹れたお茶は緑茶なので、お茶請けにはちょうどいいかもしれないけど。

 ちなみに、高橋さんは手ぶらで来た。

「これはご丁寧に」

 と、両手で受け取ってから先導してリビングの方へと入っていく。

「うぃーっす」

 そう、自宅のようにくつろいでいる高橋さんを、先生はちょっと眉をひそめて見たけど、他人の家で言い争いをしたくなかったのか、無言で高橋さんの隣の椅子に座って軽く肘を高橋さんの脇腹に入れていた。

 病院の時の掛け合いとかでも親しそうだったし――でも、幼馴染って程には年は近くなさそうだ。仕事で知り合って馬が合ったとかなのかな? もしくは、部活の先輩後輩とか。

 ……ううん、性格的な相性はそこまででもなさそうだし、後者かな。

 と、勝手な推理をしながら、お茶を出す僕。

 全員に湯飲み茶碗が行き渡り、テーブルの中央にでん、と、高級煎餅が出てきたタイミングで高橋さんが切り出してきた。

「で?」

 前置きもなにもない問い口だった。

「結論から言いますと、どうも、僕は、水を触媒にして穢れや罪を祓える……といいますか、流せるようです」

 高橋さんの態度から、まどろっこしい説明は退屈させてしまうだろうな、と、思い、いきなり結論を口にした僕。

 だけど、流石に単純過ぎたようで、先生にツッコミを入れられてしまった。

「……本当にざっくりした説明ですね」

 僕は、苦笑いで顔を高橋さんから先生の方に向け直し、補足説明を始めた。

「いえ。ええと、先生」

「はい?」

「僕を診断した時に、脳が虚血症状になっているって前に仰られましたよね?」

「ああ、それは、欠陥やダメージから考えて、間違いないと思う」

 オカルトが好きと言っている割には、スクエアで難しい顔をした先生が、頷いて肯定してくれた。ついでに唯さんと高橋さんの様子を窺うと、ちょっとだけ会話に遅れ気味な表情をしていた。

 このまま話を進めても良いものか迷ったけど、お二人には最初のあの結論だけでも充分だったんだろうと思うことにして、先生に頷き返して言葉を続ける。

「あの神社の水を持ち歩かなかったので、祓う際に体液という形で消費したんだと思います。ただ、全身から均等にってわけではなく、意識に近い部分から取られたんでしょうね」

 思い返せば、あの廃屋でも祓った後の大黒柱は、まるで乾いたように変貌していた。なにをもって清浄とするかは別としても、最後の一件から祓うのに必要な水の量を考えれば、あの柱はどちらかといえば神聖な方の存在だったのかもしれない。侵入者から家を守ろうとしただけだったのかも。

 聞いている先生は、難しいというよりは渋いような顔をしている。まあ、理屈は通っているのかもしれないけど、前提条件の時点で非科学的だし、理系の医家の先生としてはすぐには納得できないのだろう。

 とはいえ、僕もこれ以上の説明は出来ないんだけど。

「そ、そんな単純なの?」

 ちょっと慄くように返した唯さん。あっけなさ過ぎて逆に驚いて損な顔になったんだろうと思う。

 単純といえばそうだけど……、と、少しだけ考えてから僕は返した。

「そうですね。でも、原理を理解すると意外と単純なシステムだったっていうのは、自然界には多いと思います」

 脚気や壊血病も原因が解るのに長い時間が掛かったのに、現代人の視点からすればただのビタミン不足の一言なんだし、特にこうした呪術的なモノって、科学的には症例の蓄積も少なく、判断するまでが難しいんだと思う。

「では、水さえ持ち歩けば平気だと?」

 バカげている、とでも言いたいのか、先生は大袈裟に肩を竦めた。

 んー、と、少しだけ頭を傾げて見せる僕。

「どのぐらいの量がいるのかは、一~二回試してみた方が良いかも知れませんけど、おそらくは」

 なんとなく、で、必要量を感覚でつかめることは出来るけど、最初は多めに水を持ち歩いて試した方が身体にはいいだろう。無理をして意識を失ったらことだし。

「……便利だな」

 オカルト好きを公言している先生だけど、理系の自分自身とのせめぎ会いもあるのか、複雑な顔で呟いている。

 確かに、イメージ的にはもっと複雑な儀式や、難しい呪文――もとい、お経や祝詞が必要で、フィクショんの世界では戦ったりするのを考えればあっさりしていると言えばそうなんだけど……。ただ、ちょっと誤解というか、僕よりも安易に考えているような部分もあったので少し補足する。

「いえ、不足分を意識に近い水で払わされるとなると、そこまで安易には考えられませんよ。しばらくはポリタンク装備かもしれません」

 うん、と、考え込むように腕を組んだ先生だったけど、眉が軽く動いた後、多分、今日、一番聞きたかったであろうことを――。

「ええと、その、ご家族の込み入った事情を根掘り葉掘り伺うのも失礼だとは思うが……」

 訊こうとしたんだと思うけど、内容が内容なだけに、先生でも尋ね難いらしい。

 もちろん、先生だけではなく、唯さんや高橋さんも気になっていたとは思うけど、今日まで訊けずにいたことを僕は自分から口にした。

「餓死という形で、祖父母の死亡の書類は出ました」

 こことは別方向の一戸建ての並ぶ住宅街の、そこそこ大きな家で祖父母は死んでいた。老人会なんかも積極的に顔を出して社交的に振舞っていたから、休日の朝のゲートボールに来なかったのを不審に思って家に向かった老人が、食堂で倒れている二人を見つけたらしい。

 死亡したのは土日のどちらかだと思われているが、金曜とはまったく別の骨と皮だけの姿で、まるで木乃伊のようだったと聞いている。

「お悔やみを」

「いえ……、正直、ほとんど記憶にない人ですし、裏を返せば僕が死んでいました」

 僕の言葉で、場が緊張するのが分った。

 でも、事実だったのでしょうがない。

 重い口を最初に開いたのは先生だった。

「なにがあったのか、教えてくれるかな?」

「全てを言葉にするのは難しいですね」

 僕自身、説明が上手い方じゃないとは思う。なので、分りにくい部分もあったのかもしれないけれど、最後に祓った際に見た全てのことを、今度こそ伝えた。

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