この学力グラフを飼ってくれませんか?

ちびまるフォイ

ペットに求められるもの

「ミーミー」


街灯の下にはぽつんと段ボール箱が置かれている。

その中には小さな現代人の学力グラフが捨てられていた。


「お前も捨てられたのか」

「ミー……」


ちょうど臨時教員の仕事をクビになり捨てられた自分と、

飼い主から見放されたグラフとで境遇を重ねて見過ごせなくなった。


段ボール箱からすくい上げると家に連れて帰った。


「ほら、いっぱい食べて元気になるんだぞ」


「ミー」


家に連れ帰ったグラフにたくさんのビッグデータを与えた。

最初は衰弱していたグラフもぐんぐん元気を取り戻す。


「お前、名前はあるのか?」


「ミー?」


「わかるわけないか……」


「げんだい、じん、の、がくりょ、く、ぐらふ」


たくさんのデータで体調が良くなったからかグラフの折れ線はくっきり見えるようになった。

このグラフが現代人の学力をグラフ化したものだとわかった。


「そうか。お前学力グラフっていうんだな」

「ミー」


「あはは。こらこら、X軸の先っちょの矢印をぶつけるんじゃないよ。くすぐったいだろぉ」

「ミー♪」


一人暮らしの寂しい男と、学力グラフとの共同生活がはじまった。

かいがいしく世話をしたことで元気を取り戻した学力グラフは折れ線をぐんぐん上へと伸ばしていった。


「すごいな。現代人の学力は右肩あがりじゃないか」

「ミー!」


学力グラフが元気になるほど、現代人は賢くなっていった。

それだけにますます自分と他の人との差は開いてゆく。


「それで、どうしてまたこの学校で教員になろうと思ったんですか?」


「そ、それは……この学校の教育理念に共感いたしまして……」


「それでは全然ファステナビリティをアジェンダできていませんね。

 コンプライアンスをコミットできなければトゥーマッチです」


「……?」


「不合格ってことですよ」


その日はしこたまやけ酒を浴びるように飲んで家に帰った。

家では主人の帰りを待っていたグラフがY軸を振りながら待っていた。


「ミー♪ ミー♪」


「なにがmeだ! こっちはもう英語なんざ聞きたくねぇんだよ!!!」


足元にすり寄ってきたグラフを蹴飛ばした。


「お前が……お前が元気になったせいで、一般人はみな頭がよくなった!

 おかげで俺は職からあぶれ社会不適合者としてつまみだされて……最悪だ!

 お前なんかあのとき拾わなければよかった!!!」


酔いの勢いにまかせてすべてをぶちまけた。

学力グラフは壁にもたれてぐったりしたまま動かない。


その様子をみて頭の血が一気に冷えた。


「お、おい……グラフ……?」


学力グラフの折れ線はみるみる右肩下がりになっている。


「おいしっかりしろ! 今助けるからな!!」


拾ってきた頃のように学力グラフを抱きかかえて最寄りの病院へと走った。

診察終了の表示を無視して自動ドアをこじ開け、医者の前に学力グラフを突き出した。


「学力グラフが! 学力グラフが弱っているんです! なんとかしてください!」


「これは……!」

「治るんですよね!?」


「難しいかと……。粉飾決算とか数字を盛ればなんとかなるかもですが

 しょせんはその場しのぎ。治すことはできません」


「あんたそれでも医者ですか!?」

「医者は魔法使いじゃないんですよ!!」


「俺のせいだ……俺が学力グラフに強く当たったから……!」


学力グラフはどんどん下がっていく。

現代人の学力は下がり、ますます医者もバカになり治療も難しくなっていく悪循環。


「どうすればいいんだ……俺は……!」


そのとき、知能指数3くらいになった医者を見てひらめいた。


「そうだ……! グラフを治すんじゃなくて、現実を変えればグラフが治るかもしれない!」


俺は決意して現代人の学力向上のために必死で努力した。


さまざまな場所へ講演にでかけ、セミナーを開いた。

出張授業を時間の許す限りしまくった。

教科書やマニュアルを充実させて学力向上をはかる。


成果はすぐに出なかった。

すぐに効果が出ないことで何度折れかけたが諦めることはなかった。

すべてはグラフのため。

そう考えると力が湧いてきた。


これまで続けていた努力はしばらくしてから花開いた。


『見てください。現代人の学力が観測史上最高を迎えました!』


「や、やった……やったぞ……!」


闇雲に頑張ってきた成果が実を結び現代人の学力は大きく向上。

病院へ行くと、弱っていた学力グラフも折れ線グラフが上昇したことで元気を取り戻した。


「見てください。学力グラフはすっかり元気になりましたよ。

 それに最近では学力があがって言葉もしゃべれるようになったんです」


「ほんとうですか!?」


前は学力のとぼしさから「みー」くらいしか言えなかった学力グラフ。

現実世界での学力向上がこんなところにもいい影響を与えるなんて。


「言葉を覚えたんだろう? 話してごらん。

 お・と・う・さ・ん、だよ。ほら」


「お、と、う、さ、ん」


「そうだよ。意味は知ってる?」


学力グラフはうなづいて答えた。



「ぼくのためにならいつでも都合よく動いてくれる奴隷のことでしょ?」

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