仲良し姉妹は想いを伝え合うために、血液をチョコに詰めるようです!?

神薙 羅滅

第1話 私の気持ちを瀉血に込めて

「お姉ちゃん! バレンタインだからチョコレートを作ったの。食べて……くれる?」


 朝起きると、十歳離れた妹が、手作りチョコを差し出してきた。


 受け取ってくれるかと、不安そうにしているのが、かわいい。


「せっかく妹が作ってくれたんだから、断るわけないでしょ? 私のためにありがとう」


 お礼の言葉を添えて、妹の手作りチョコを受け取る。


 それはリボンでキレイにラッピングされた、長方形の箱。


 ありふれたように見えて、所々に細かい意匠が施されている、見たことのないデザインをしていて、どうやらパッケージも手作りらしかった。


 家族に、それも姉に渡す義理チョコにしては、少々凝りすぎにも思える。


「パッケージも手作りなんて凄いね。すごく時間かかったんじゃない?」


「時間もかかるんだけど、デザインのボツ案が結構ね……それより食べて食べて!」


「キレイにラッピングしてるから、開けるのもったいないな。でも、開けないでダメにするのももったいないから、開けるね」


 包装を剥がすことに躊躇いを覚えつつ、リボンを外して、箱を開ける。


 中身は正方形にカットされた、一口サイズの生チョコが十五個、箱にピッタリと収まっていた。


「それじゃ、一つ貰うね」


 右上から一つ取って、口に運ぶ。口に入れると、生クリームの甘みと、カカオの心地いい苦味が広がりながら、雪のようにチョコが溶けていく。


「すごい! 本当にこれ美味しいよ! 天下取れる味だよ!」


「ほんとに! よかったー。何度も味見したけど、実際食べてもらうまでは不安なんだよね」


「もっと自信持っていいよ! 食べ始めも美味しいけど、最後に残る鉄っぽい後味がおいしいよ」


「さすがお姉ちゃん! 中身は内緒だけど、とっておきの隠し味を入れたんだよ」


 そう言って妹は、繊細な味わいに私が気づいて、うれしそうに跳ね回っている。


 私の前でだけ見せる、あどけない妹の姿に癒されながら、二つ目のチョコを口に放り込んだ。

 


 ※※※



「はい、お姉ちゃん! バレンタインのチョコレートだよ」


 バレンタインの朝、リビングに行くと、去年と同じように、妹が手作りチョコを手渡してきた。


 中身はまだ見ていないからわからないけれど、パッケージは去年よりも手が込んでいる。


 LOVEの文字とお姉ちゃんという文字の間にハートマークを入れたロゴが、パッケージいっぱいに敷き詰められている。


 なんとなく狂気的な思いを感じなくもないけど、昔から私に懐いてた妹のことだから、きっとただの愛情表現。


「ありがとう。中見てもいい?」


「もちろん! 開けてみて」


 去年の傑作を知っているから、大きな期待を胸に箱を開ける。


 中身は去年と同じ形と大きさをした一口サイズのチョコ。個数も同じ十五個。違うのは、今年は固形のチョコだということだ。


「それじゃ、いただくね」


 一つを手に取り、口に運ぶ。去年もらった生チョコ特有の口どけはない。その代わりに、カカオの苦味とミルクと砂糖のほのかな甘みが合わさった、王道のおいしさが私を虜にする。


 味わっているうちに、固形チョコの歯ごたえが恋しくなって、少しもったいないなと思いながら、噛み砕く。


 すると中からイチゴ味のシロップが、溢れ出した。


「すごっ! こんなの、お土産でもらった、高そうなのでしか食べたことないよ!」


「すごいでしょ! 知ってれば割と簡単に作れるんだよ」


「そうなの!」


 驚嘆の声を上げながら、チョコを食べる手が止まらず、二つ目を口に放り込む。


「なかなかみんな本命チョコでも、そこまでは頑張らないんだよねー」


 案にこれが本命チョコだと言っているようにも聞こえる妹の言葉に、この世で一番美味しいとさえ思ったチョコの味さえもわからなくなる。


 きっとこれと同じものを、想いを寄せる相手へ渡すということだろう。日常会話でよくある、言葉を省略しすぎて、誤解を生むというやつだ。


「お姉ちゃんどうしたの? 顔赤いよ」


 そういって妹が突然私の顔を覗き込んでくる。妹が私のことを好きかも……そんな本来は気持ち悪いと思わないとダメなことを、なぜか期待してしまう今の私には刺激が強くて、思わず目を背けてしまう。


「なんでもないよ! 本当に……」


「ふーん、変なお姉ちゃん。それより去年お姉ちゃんに好評だったから、隠し味の量を増やしてみたんだけどどうかな?」


 感想を求められて、とっさに三つ目を口に入れる。言われてみると外側のチョコの後味が、少し鉄っぽい。そして中のシロップも。


 苦手な人がいてもおかしくない、癖のある味。だけど、私好み。


「美味しいよ。なんか独特な感じで、くせになりそう」


「ならよかった! それじゃ、来年はもう少し入れる量増やそうかな」


「隠し味なのに量増やしちゃうんだ!」


 チョコそのものよりも、この独特な風味を、好きと伝えた時の方が妹は嬉しそうにする。それだけ特別な何かなのだろう。


 それよりも妹が私を好きかもしれない……そのことで私の頭はいっぱいになった。


 

 ※※※

 


 去年のバレンタイン以来妹のことを、意識してしまうようになった。


 一度そうなってしまったら、妹の全てが魅力的に見える。


 実の姉なのに見とれてしまうような黒い髪に、透き通るように白い肌。それに整った顔立ち。こんな人と一緒に暮らしていたら、家族で同性だとしても、魅了されてしまう。


 その上料理もプロ顔負け。特に力の入っているバレンタインのチョコは、私を捕らえて離さない。


 あの他では味わったことのない後味と風味が、凄まじい。また作って欲しいと頼んでも、材料を手に入れるのが大変だから、次のバレンタインを待ってと言われてしまう。


 あの魅惑的な、不味さにも似た深みを合わせ持つ味わい。それが欲しくてたまらなくなる時がある。


 その衝動をなんとか抑えて、バレンタインを目前に控えた2月を迎えた。


 


 思ったよりも早く仕事が終わり、まだ地平線からほんの少しだけ太陽の光が溢れている。


 夜が深くなる前に、帰宅できたことに心を躍らせながら、玄関を開ける。


 その瞬間、ほのかな砂糖の甘さとカカオの香りが私を包み込んだ。


 妹がバレンタインのチョコを作っているんだ。


 妹がお菓子作りをしている瞬間に居合わせたのは初めて。この機会に、妹のお菓子作りを見させてもらって、あのチョコを自分で作れるようになろう。


 そんなことを考えながら、リビングへ通じる扉をあけてキッチンにいる妹を発見する。


「あっ……」


 声をかけようとした刹那、言葉が喉でつかえた。妹が手に持ったナイフで、自分の手首を軽く切り裂いていたから。


 その自傷行為に言葉を失ったわけではない。手首から滴る血液を、溶かしてあるチョコへと流していた。


 今この瞬間、私を夢中にさせた、味覚の正体に気づいた。あれは妹の血液の味だった。


 手作りチョコに体液を混ぜる。あまりに気味が悪い噂だから、実在していないと思っていた。


 でも本当に驚いたのは、実行する人がいたことよりも、美味しくなることの方。


 妹のだからそう感じるのかもしれないけど。


 そもそも、妹に想いを寄せられているかもと考えても、嫌悪を抱かなかった時点で、私は壊れていたのかもしれない。


 だって、妹の血液を知らない間に飲まされていたのに、それへの気持ち悪さよりも、妹がここまで私のために何かをしてくれることが、嬉しかった。


 思い返してみれば、妹が振る舞う料理には、一般に連想されるよりも赤みが濃いものがあった。


 それらはオムライスとか、ビーフシチューとか赤が目立ちにくいものを選んではいたけど、確かに鉄っぽい味がした。


 無自覚のうちに、私の味覚は、妹の血液なしでは満たされないよう作り変えられていた。


 日常にさえ自分の血を使っていたら、私があの血液チョコを作ってと頼んでも、材料が足りないはずだ。


 そう考えていた次の瞬間、妹はどす黒い赤い液体で満たされた小さな瓶を取り出して、それをチョコに使い始めた。


 バレンタインのために妹は、血液を貯めていた。あまりに常軌を逸した行動に、頭がクラクラしてくる。


 それと同時に、これだけ妹を混ぜ込んだチョコはどれくらい美味しくなるのか……


 考えるだけで、体の芯が熱くなってくる。


 妹は、来年はもっと隠し味を増やすと言っていたのだから、期待しないなんて不可能だ。


 



「はい、お姉ちゃん。バレンタインのチョコだよ! 今回は本当に自信作なんだ!」


 妹がくれるチョコへの期待感で夜も眠れず、目をこすりながら、バレンタインの朝を迎える。


 リビングに行くと妹が、チョコレートをくれた。


 いままでとは違う、ハートの形をした箱に、キラキラした文字で、お姉ちゃんへ、とだけ書かれている。今までで一番シンプルなデザイン。


 それが妹の自信と情熱を雄弁に語っているように思える。


「開けていいの?」


「もちろん! 開けてみて!」


 大きな期待を胸に箱を開けると、中にはいちごの形をした穴が六つあるプラスチックの型の中に、赤い色をしたチョコが入っていた。


「ごめんね、お姉ちゃん。今年はたくさん材料を使ったから、これだけしか作れなかったの」


 申し訳なさそうに言う妹の顔は、普段より青ざめて見える。


「そんなことないよ。私のためにたくさん頑張ってくれたんだよね。うれしいよ」


 本当の気持ちを伝えながら、箱からカワイイいちごの形をしたチョコを一つ、口へと運ぶ。


 口に入れた瞬間に広がる、いちごの甘さを伴う香りと、カカオの苦味が合わさって、いつまでも食べていられそうな、絶妙な味わいを生み出している。


 そして去年よりも量を増したであろう妹の血が、世界のどこにも存在していない、深みを生み出している。


 数が少ないから、味わって食べていると、中から何かが溢れ出した。


 味から推測するとざくろのシロップ……だとおもう。食べなれていない味だから判別できないわけじゃない。


 シロップの半分以上が血で満たされているから。さすがにここまでされたら、生理的な嫌悪感がそれなりに伴うけど、味はこの世のものとは思えないくらいに美味しい。


「これ、すごく美味しいよ! 作るの大変だったんじゃない?」


「材料調達がそれなりにね。だからちょっとご褒美が欲しいな」


 一、二滴ならまだしも、これだけの自分の血をチョコに混ぜる妹からのおねだり。


 中身を知りながらこの自傷行為を止めもせず、食べると言う全面的な受容をしている私に、その権利はないと知りながらも、思わず身構えてしまう。


「車で学校まで送って欲しいな」


「えっ! そんなことでいいの?」


 妹のあまりに普通のお願いに、思わず拍子抜けしてしまう。血を飲ませて、くらいは覚悟していたのに。


「そんなことじゃないよ! 最近お姉ちゃんと過ごす時間が減って、すごく寂しかったんだから」


 いつになく真剣そうな顔で、ムスッとする妹を見て、自分の行動を振り返る。確かに四年前に就活をして、そのあと就職してからは、妹と触れ合う時間は大きく減ってしまった。


 昔から妹は私にべったりだったから、本当は寂しいのを我慢していたのかな。


 それでこんな、ちょっと危ないことをするようになったのかも。あんまりいきすぎると体に悪いだろうし。


 それになにより、妹にここまで想われてて嬉しかったし、単純に私が妹と一緒にいる時間を増やしたい。


「それじゃ、一緒に行こうか。時間が合えば、明日も、その次の日も」


「ほんと! だったら次のお休み、どこかにつれてって!」


「別にそれはいいけど、だったらで繋げるのは変じゃないかな」


「細かいことはいいの! 約束だからね! そうだ! 連れててってくれるお礼に、張り切ってお弁当作るから、楽しみにしといてね!」


 嬉しそうにくるくる回り、スカートがなびいている。それを見て、妹にはお花畑が似合いそうだなと思いながら、お出かけ先のイメージを定める。


 それにしても妹が作るお弁当……どんな味付けにするんだろう。そんなことを考えながら、二つ目のいちご型のチョコを口に放り込んだ。

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