5月③

※※※






「夢ちゃん……。どうして俺の事避けるの? 俺……、何かしたかな?」



 私の机の前で、屈んでこちらを覗き込むような仕草をみせる楓くんは、そう言って悲しそうな顔をさせる。


 

 ーーあれから私は、奏多くんとの約束通りに楓くんとの接触を避け続けていた。

 

 とはいえ、同じクラスの私達。避け続けるのは簡単ではない。

 現に今、こうして捕まってしまったのだから……。


 目の前で楓くんが話し掛けてくれているというのに、無視してこの場を立ち去るなんて凄く酷いと思う。

 私だって、されたくはない。


 だけどーー

 そう思う以上に、奏多くんのことが怖くて堪らないのだ。



(こんな現場を目撃されたら……。また、怒るかもしれないーー)



「……っ」



(ごめんね、楓くん……っ)



 そう心の中で謝罪をすると、席を立って急いで教室を出たーーその時。誰かとぶつかった衝撃で、フラリとよろめく。

 下を向いていたせいで、目の前に人がいた事に気付けなかったのだ。



「っ……、ご、ごめんなさい」



 謝罪の言葉を紡ぎながら、ゆっくりと顔を上げてみるとーー

 その先に見えてきた人物の姿に驚き、ビクリと肩を揺らした。



「っ……!!」



 氷のように冷たい表情で、私を見下ろしている奏多くん。

 そのあまりにも冷たい瞳に恐怖した私は、その場で身を固めるとカタカタと身体を震えさせた。


 そんな私を静かに見下ろす奏多くんは、無言のまま私の腕を掴むと、そのままズルズルと引きずるようにして廊下を歩き始める。

 周りの生徒達がチラチラと視線を向ける中、それでも気にせずに無言で歩き続ける奏多くん。


 そのまま空き教室へと辿り着くと、投げ入れられるようにして中へと入れられた私は、その勢いに体制を崩すと床へと倒れこんだ。


 その痛さと仕打ちに耐え切れなかった私は、ついにボロボロと涙を流した。



「ーー夢。約束破ったね」



 そう言いながら、ゆっくりと近付いてくる奏多くん。



「はなっ……して……っぅな……いぃっ……。はっ……なしっ……て……なっ……ぅぅっ」


「夢は、本当に悪い子だね……」



 泣きながら何度も話していないと訴えてみても、その言葉を信じてくれる様子はない。



「悪い子には、お仕置きが必要だね」



 そう告げると、床に座り込んでいた私の後頭部に手を添え、トンッと肩を押した奏多くん。

 突然の出来事に、一瞬で頭が真っ白になり思考が停止する。


 かろうじて動く瞳をゆっくりと動かしてみると、目の前には相変わらず冷たい瞳をした奏多くんとーーその先には、教室の天井が見える。


 つまり、私は今ーー

 床に仰向けに倒れているのだ。


 そう認識した、次の瞬間。

 馬乗りになった奏多くんが、私の制服のリボンを解くと胸元を開き始めた。



「……やっーー!!? んっ……んーっ!!!」



 叫びかけた私の口元を片手で塞ぐと、露わになった首元をペロリと舐め上げた奏多くん。

 その瞬間、ゾクリとした未知なる刺激が身体中を駆け巡って、自分の意思とは関係なくピクリと身体を震えさせる。


 嫌だと泣き叫びたいのにそれすら叶わぬ状況に、次々と涙が流れては床へと落ちてゆく。


 チクリとした痛みを何度か首元や鎖骨に与えられた後、塞いでいた口元を一旦解放すると、今度は自らの唇で塞いだ奏多くん。


 その隙に、叫ぼうとして口を開いたーーその刹那。

 突然、ヌルリと口内へと侵入してきた生暖かい舌。


 ーー嫌で嫌で、たまらない。

 それでも、逃げては捕まる私の舌。


 覆いかぶさる奏多くんを退かそうと押してみても、ビクともしない。

 どう頑張っても逃げられない状況に、私はただ、そのまま奏多くんに口内を侵され続けるしかなかったーー



 ようやく塞がれていた口が解放されると、私は新鮮な空気を求めて荒く呼吸を始めた。


 そんな私を見下ろす奏多くんは、私の首から鎖骨へとゆっくりと指を滑らせると、恍惚こうこつとした表情をさせた。



「……虫除け。夢は、虫が嫌いでしょーー?」






 そう言って妖しく微笑んだ奏多くんは、


 身の毛がよだつほどに、とても恐ろしかったーー









※※※









「それじゃあ夢、また後でね」



 そう言って私の首を撫でる奏多くんは、昨日付けたばかりの首元の印を眺めて恍惚こうこつとした表情をさせる。


 私の耳元に顔を寄せると、「虫には気をつけるんだよ」と告げてから自分の教室へと入って行った奏多くん。

 その後ろ姿を見送った私は、首元を隠すようにして髪の毛を前に持ってくると、小さく息を吐いてから自分の教室へと入った。


 自分の席に着き、鞄から教科書とノートを取り出すと机の中に入れようとしたーーその時。

 何かにコツンとぶつかり、その手を止めた。



(……え?)



 あるはずのない物の存在に驚く。


 毎日のように嫌がらせを受けている私は、自分の持ち物を机の中に入れたままにして帰る事などないのだ。


 何かと思い、机の中を覗いてみるとーー

 そこには、見覚えのない白い箱がある。



(何だろう……?)



 何の疑いもなくそれを取り出すと、私はおもむろに箱の蓋を開いてみた。



「……っ!!!? い゛やあぁぁぁぁぁーー!!!!」



 持っていた箱を投げ出すと、椅子から転げ落ちて床に倒れる。

 放り投げた箱からは大量の虫の死骸が飛び散り、周りにいた生徒達も驚きの声を上げる。


 そんな中、泣きながらガクガクと震える私は、必死に後ずさろうとするもうまく身体が動かない。



「ーー夢ちゃん!」



 駆け寄ってきた隼人くんが、私の身体を支えるようにして肩を掴んだ。



「いやぁーーっっ!!! ……っ……いやあぁぁ!!!」



 パニックで取り乱してしまった私は、隼人くんを突き放すとその反動で床へと倒れ込んだ。

 そのまま自力で起き上がることもできずに、カタカタと小さく身体を震わせる。



「夢ちゃーー」


「ーーいいよ、俺がやるから」



 隼人くんの言葉を遮って、私に近付いて来た楓くん。

 一度そっと優しく私の肩に触れると、その場にしゃがんで私の背中を優しくさすり始める。



「……夢ちゃん。大丈夫、大丈夫だよ……」



 背中をさすりながらも優しく声を掛け続けてくれる楓くんは、一度そっと私を抱きしめると、「夢ちゃん、保健室に行こうね」と告げてから私を抱え上げて教室を後にしたーー




 保健室に着くと、泣きじゃくる私を見て驚く先生に向けて、「ちょっと色々あって……。休ませてあげて下さい」とだけ伝えると、そのままベットまで運んでくれる楓くん。


 まるでガラス細工でも扱うかのように、私をそっとベットへと寝かせると、露わになった首元に触れて静かに口を開く。



「夢ちゃん……。これ……、奏多にやられたの?」




『虫には気をつけるんだよ』



 先程、奏多くんに言われた言葉を思い出す。


 あの箱に入っていた虫は、奏多くんがやったのだろうかーー?



(……っ。何で……、何でこんな事をするの……っ?)



 この現状が酷く辛く、悲しくて。それと同時に、とても怖くてーー


 楓くんの言葉に答える事もなく、ただ、押し殺すようにして涙を流し続ける。



「……今は、ゆっくり休んで」



 私の無言を肯定と捉えたのか、楓くんは一瞬悲しそうな顔をみせると、私の頭を優しく撫でてから保健室を後にしたのだったーー









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