5月①

※※※






「夢は今日も可愛いね……」



 そう言って優しく微笑む奏多くんは、私を抱き寄せると優しく髪を撫でて頬にキスをする。




 オリエンテーション合宿が終わってから、無事に奏多くんとも仲直りのできた私は、何事もなく平穏な日々を過ごしていた。



『もう、奏多の事は大丈夫だから安心して』



 そう告げた優雨ちゃんに連れられて奏多くんのところへ行くと、『怖がらせてごめんね』と謝ってくれた奏多くん。

 それからは、以前と変わらぬ日常へと戻った。


 唯一、変わった事といえばーー

 奏多くんのスキンシップが激しくなった事。



「……ありがとう、奏多くん」



 以前された事が未だにトラウマとして残っている私は、怒らせることのないよう、大人しく奏多くんのスキンシップを受け入れている。


 勿論、キッカケとなった隼人くんとは一切関わらないようにしているし、隼人くんもまたーー私に話しかけてくる事はなかった。


 スキンシップの激しくなった奏多くんを見て、周りの生徒達はついに私達が付き合い出したと噂するようになり……。

 奏多くんも、それを否定する事はなかった。



「ーー夢ちゃん、おはよー!」



 上履きに履き替えていた私の肩をポンッと叩くと、満面の笑顔を向ける由紀ちゃん。



「おはよう、由紀ちゃん」

    

「やっぱり、噂は本当なの? 奏多くんと付き合い出したって」


「えっ……」



 ニッコリと笑って尋ねる由紀ちゃんを前に、返答に困った私はその場で狼狽えた。



「ーー本当だよ」



 背後から聞こえてきた声に振り返れば、上履きに履き替え終わった奏多くんが優しく微笑んで立っている。


 こんなにハッキリと肯定する奏多くんを見たのは初めてで、私はとても驚いた。



(奏多くん……。私達、付き合ってなんていないのにどうして……)



「やっぱりそうなんだっ! 2人とも、凄くお似合いだねっ! じゃあ……。私はお邪魔だろうから、先に行くねっ」



「夢ちゃん、また後でね」と手を振って去ってゆく由紀ちゃん。



「ーーこれで皆んなに知れ渡るだろうね」



 そう言って微笑む奏多くんを見て、私はとても戸惑った。

 奏多くんが何を考えているのか……全くわからないのだ。


 平気で由紀ちゃんに嘘をついた奏多くん。

 表情こそ笑顔でいるけれど、そんな奏多くんを見て再び怖いと感じ始める。




 それでも、私は臆病者だからーー


 奏多くんを前にして、何も言うことはできなかった。








※※※








 翌日から、私への嫌がらせが酷くなっていった。


 奏多くんが交際を肯定し始めた事であっという間に噂は広がり、奏多くんファンが激怒したのだろう。


 教科書がズタズタに切り裂かれたり、悪口を書かれたり……。または、筆箱が無くなったり。

 毎日のように、何かしらされた。


 それでも、私は誰にも相談する事ができずに、一人隠れて涙を流してはただ黙って耐えるしかなかった。




 ”辛い” ”助けて” と泣き叫べたら、どんなに楽だったかーー


 私はその勇気さえ、持ち合わせていなかったのだ。






ーーーーーー




ーーーー








※※※








(涼くん……。私ね……、今凄く辛いよ……。学校に行くのが、凄く辛いの……っ)



 閉じていた瞼をゆっくりと開くと、いつもと変わらぬ眩しい笑顔の涼くんを見つめる。



「ーー夢ちゃん。お菓子どうぞ」



 そう声を掛けられ、席を立って仏壇前から移動する。



「……ありがとうございます」



 お菓子と一緒に出されたグラスを手に取ると、中に注がれたジュースをコクリと一口飲み込む。



「……夢ちゃん。学校は楽しい?」



 そう言って優しく微笑む涼くんのお母さん。

 その見た目は今でも充分に綺麗なのだが、その頬は痩せこけ本来の美貌は影を潜めている。



 涼くんが亡くなってからーー

 私は、暫く学校に行けなくなってしまった時期があった。

 それは、小学校を卒業するまで続いた。


 涼くんと共に過ごした学校。そこにはもう、涼くんがいないという現実が辛くて、私にはどうしても受け止められなかったのだ。


 私は家にこもるようになり、外出するといえば涼くんの家に行く時だけとなった。

 そんなある日ーー


 中学校の入学式を数日後に控えていた私は、涼くんのお母さんに泣きながら告げられた。



『夢ちゃん……、ごめんね。おばちゃんも頑張るから……っ。一緒に頑張ろう……。本当に、ごめんね……。ごめんなさい……っ』



 何も悪い事などしていないのに、泣きながら謝る涼くんのお母さん。

 その姿を見て、涼くんを亡くして私以上に辛いはずなのに、私の不登校が更に追い詰めていたのだとーー私は、その時初めて気が付いた。


『ごめんね、ごめんね……』と何度も泣いて謝る姿に、私は学校へ行く決意を固めた。


 私は、頑張らなくてはいけないのだとーー



「ーーはい、楽しいです」



 そう笑顔で答えると、涼くんのお母さんは嬉しそうに微笑む。



「そう、良かったわ」



 そう言って目の前のグラスを手に掴んだ涼くんのお母さんは、グラスに注がれたお茶を口の中へと流し込んだ。




ーーーー




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