第3話

※※※






「わぁ……っ! 綺麗……」



 目の前に広がるその美しい光景に、私はただただ驚いた。


 呆然と立ち尽くす私の目の前にあるのは、爽やかなせせらぎの音を響かせる、小さな川。

 小さいと言っても、立派な滝まである。


 ーーそして、何と言ってもこの景色。


 本当にここは、あの鬱蒼うっそうとした森の中なのだろうか?

 そう思ってしまうぐらいに、全てがキラキラと輝いている。



(……凄い。こんなに綺麗な所があるんだ……)



「ーー夢!」



 突然名前を呼ばれて、魂が抜けかかっていた事に気付いた私は、フルフルと軽く頭を振ると声の主に視線を移した。



「夢、おいで」



 ニカッと笑って、私に向けて左手を差し出す涼くん。

 未だ左右共に繋がれたままだった手をスルリと抜けると、私は涼くんの元へ駆け寄り差し出された手を掴んだ。



「……足元、気を付けて」


「うん」



 少し山になっている地面を涼くんに引っ張ってもらいながら越えると、そこに現れたのは先程眺めていた綺麗な小川だった。

 間近で見る小川は本当にとても綺麗で、なんだか胸がドキドキと高鳴ってくる。


 気が付けば、いつの間にか皆んなも近くに集まっていて……。

「凄い、綺麗だね」と口々にしては、その美しい光景に目を奪われると、暫くその場から動くことなく感嘆の息を漏らしたのだったーー。







※※※






ーーーパシャパシャッ



ーーーパシャパシャッ




(ヒンヤリとして、凄く気持ちいい……)



 私は視線を下へと移すと、ユラユラと揺れる水面から見える自分の足を眺めた。

 水がとても綺麗だから本当に透明で、地上で見る自分の足となんら変わらなく見える。


 私達がテントを張っている近くの川は、水嵩みずかさが高いからと禁止されていて入れないけど、ここの川は流れも穏やかでとても浅いのでこうして入ることができる。


 滝の近くは、他とは違う水の色をしているからやっぱり深いのだろう。

 滝の側に行かなければ入っても大丈夫だと、さっき涼くんが皆んなに説明していた。


 暫くボーッと足元を眺めていると、キラリと光る、何かが見えた気がした。



(……なんだろう?)



 気になった私は、膝丈まであるワンピースを太もも部分で結ぶと、その場へしゃがみ込んで捜索を開始する。




ーーーサラサラ




 軽く手で、かき分けて見る。




ーーーサラサラ



ーーーサラサラ




「夢ぇ〜。何してるの〜?」



 少し離れた場所から、朱莉ちゃんが声を上げる。




ーーーサラサラ




「……うーん」




ーーーサラサラサラサラ




 捜索に夢中になっている私は、朱莉ちゃんからの質問に「うーん」と唸るだけという、全く答えになっていない返事を返す。




(一体、何だったんだろう……? 確かにキラッと光ったんだけどなぁ。ないなぁ……)



 中々見つからない "何か" を、夢中になって探す。まるで、宝探しをしている気分だ。




ーーーサラサラサラサラ



ーーーサラサラサラサラ




ーーー!!!?




 夢中になって宝探しをしていると、突然出てきた足に驚きビクリと身体が揺れる。



「……夢、それは俺の足だよ。何してるの?」



 目の前にある足を辿って見上げてみれば、困ったように笑う涼くんがいる。



「ちょっと、あっちに行こう」



 そう言って私を立たせると、太もも部分で縛っていたワンピースを元の丈にキッチリと戻した涼くんは、そのまま私の手を取ると少し離れた岩場へと向かった。



「ーー夢、こっち」



 岩場に座った涼くんは、自分のすぐ隣をペチペチと叩く。私は言われるがままに素直に隣に腰を下ろすと、隣にいる涼くんへと視線を向けた。



「……夢。さっき、何してたの?」



 いきなりの質問に、ドキリとする。



(…………。どうしよう……)



 宝探しに夢中になっていたとは、恥ずかしくてとても言えない。



「……何か落としたの?」



 フルフルと首を振って答えると、「じゃあ、何?」って顔して見てくる涼くん。



「……宝探し」


「…………」



 顔を俯かせながらボソッと小さな声で伝えてみるも、隣からリアクションが聞こえてくる気配がない。

 恐る恐るチラリと隣の様子を伺い見ると、そこには満面の笑顔でニカッと笑う涼くんがいた。



「そっか! あるといいね、宝!」



 そう言って、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれる。



「じゃあ……。俺からも、夢に宝をあげる」



 そう言って差し出された掌の上には、ピンクのキラキラとした綺麗な貝殻が乗っていた。



「可愛いっ! 綺麗だね ……! ありがとう、涼くん!」



 満面の笑みでお礼を伝えると、「どういたしまして」と微笑む涼くん。


 貝殻を手に取り空へとかざして見てみると、それはより一層キラキラと輝きを増した。


 貝殻の先に広がる空は、青からオレンジ色へと染まり始めていてーー

 そろそろテントに帰らなければいけない時間なのだと、何だか少し切なくなる。



「ーー夢」



 不意に涼くんから名前を呼ばれ、空へとかざしていた貝殻から隣にいる涼くんへと視線を移す。



「この場所、気に入った?」


「……うん」


「またいつか、一緒に来たいね」


「うん。……来たい」


「今日は時間がなくて見れないけど、夜になったら、ここには沢山の蛍が集まるらしいよ。……凄く綺麗なんだって」


「見てみたいなぁ……」


「夢、夜にこの森入れるの?」


「……」


「今日、家に帰りたいって泣いてたよね」


「…………。……気のせいだよ」



 小さな声で反論してみせると、アハハと笑った涼くんは、「良く頑張ったね」と言って優しくポンポンと頭を撫でてくれる。


 気が付けば、もうすっかりと周りは夕焼け色へと染まっていて……。

 私達の姿も、オレンジ色へと変えてゆく。


 見慣れない景色の中にいるせいか、オレンジ色に染まった涼くんはなんだかいつもと違って見える。



「夢……。今日は、泣かせてごめんね」


「……」


「もう、絶対に泣かせないから」



 困ったような、照れているような……。いつも見る涼くんとは、少し違う微笑み。

 だけど、その瞳がやけに真剣だからーー私は涼くんを見つめたまま、ただ、黙って聞いている事しかできなくなっていた。



「……夢。……俺、夢のことが好き」



 オレンジ色に染まった涼くんが、ゆっくりと優しく微笑む。



「……夢は?」


「…………。……好き」


「……そっか」



 そう言って一度私から視線を外した涼くんは、夕焼け色に染まった空を見上げた。



「じゃあ……両思いだね」



 夕焼け空を見つめていた涼くんは、その視線をゆっくりと私へ戻すと優しく微笑んだ。


 その整った顔から作り出される優しい笑顔は、オレンジ色に染まっているせいなのかーーいつもより、やけに大人びて見える。


 まるで時が止まったかのようにその場で固まってしまった私は、涼くんのその綺麗な瞳から目を反らす事もできずにーー


 ただ、静かに見つめ返す事しかできないでいた。







ーーーーーー



ーーーー







「……そろそろ戻らないとね」



 そう切り出した涼くんに連れられ、先程までいた皆んなのいる場所へと戻って行く。


 少し前を歩く涼くんの背中を見つめながら、名残惜しさを感じつつも黙ってその背についてゆく。

 目の前の涼くんから視線を先へと移してみると、つい先程まで川へ入って遊んでいた皆んなが、それぞれに帰り仕度を始めている姿が見える。



「あっ、お帰りー! どこ行ってたのー?」



 少しまだ距離のある場所から、手を振る朱莉ちゃん。その声で、私達に気付いた皆んながこちらを振り返った。


 ほんの数秒で皆んなのいる場所まで着くと、「2人で何してたの?」と私と涼くんを交互に見ては、不思議そうな顔をする朱莉ちゃん。



「ん? ……内緒」



 なんて涼くんが返事をするもんだから、「あ~! 怪しいぃ~! エッチな事してたんだぁ~!?」なんて言いだす朱莉ちゃん。


 恥ずかしくなった私は、その場を少し離れると川の前に立って握りしめていた掌を広げた。



『ーー俺、夢のことが好き』


『両思いだね』



 涼くんの言ってくれた言葉を思い出しながら、掌に乗ったピンクの貝殻を見つめる。



「ーーそれ、涼に貰ったの?」



 声のした方へと視線を向けると、奏多くんが私の掌を見つめていた。



「……うん」


「そう、良かったね」



 そう言って優しく微笑んだ奏多くんは、私の掌から視線を外すと、夕陽に染まったオレンジ色の空を見上げた。


 夕陽に染まる奏多くんの横顔が綺麗すぎて、思わず見惚れてしまった私は、気持ちを切り替えると奏多くんの視線を追うようにして目の前の空を眺めた。


 暫くそうして空を眺めていると、いつの間にか集まってきた皆んなが、横一列になって夕陽を眺め始める。

 突然キュッと握られた手に驚き右側を見てみると、オレンジ色に染まった綺麗な横顔の涼くんがいる。



「……綺麗だね」



 夕焼け空を見つめたまま、優しく微笑んだ涼くん。

 再び空へと視線を戻した私は、「うん、綺麗だね」と伝えると握られたままだった右手をキュッと握り返した。


 目の前に広がる綺麗な夕陽を見つめながら、今日あった出来事を色々と振り返ってみる。


 ーーとても、楽しい1日だった。


 今日という日を、今この瞬間を、この6人で過ごせた事をーー凄く凄く、幸せに思う。



「……帰りたくないなぁ」



 ポツリと、小さな声で本音が溢れる。



「またいつか、絶対に皆んなで来よう。中学、高校、大学ーー大人になっても。……こうしてまた、皆んなで一緒にここへ来よう」


「……うん」


「うん」


「……そうだね」


「うん」


「うん、また来ようね」



 涼くんの発した言葉に、5人皆んながそれぞれに答える。

 今日という日がもうすぐ終わってしまうという寂しさを感じていた私は、涼くんの言った言葉で次に来る日を約束した気分になり、なんだか少しだけ寂しさが薄らいでゆく気がした。



 この時の私は、涼くんの言った言葉を信じて疑わなかった。


 また、皆んなでここへ来れるんだってーーそう、信じていた。






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