第3話 ユリVS双子の料理人
階段をのぼっていくと、コンシウハーヤン(エビのチリソース)専門のレストランがあった。
──ボワーン!
ユリの耳元でドラの音がして、へんな双子が大口をあけて現れた。二人とも、料理人の格好をしている。
「おいおい」
双子が同時に言った。「お前さんはこの高級ブタ肉を探していたのだろう」
双子はパックづめにされたブタ肉三切れを、ユリに差し出した。
「あっ、これ!」
ユリはブタ肉を受け取ろうとしたが、双子はサッと後ろに隠してしまった。どうやら、この双子が凄腕の料理長らしい。
二人は同時に喋った。
「ただじゃやらん、というのがわからんのか! 10000香港ドル(140000円)だ!」
「そ、そんなに高いんですか」
「と思ったけど、かわいそうだから、500香港ドル(7000円)だ! しかし、子どものお前に、そんなに払えるわけがない。帰ってくれ!」
「それでもちょっと高いな……。サイフの中に、そんなにあったかなあ」
ユリはお母さんから借りたサイフをパチンと開けると、中から白銅貨四枚を取り出した。
「あっ!」
双子は同時に叫び声を上げた。「その白銅貨は! グイばあさんの!」
双子は何やらあわてて、ブツブツ唱えだした。一瞬のうちに、リノリウムの床が土になり、泥、そして沼のようになってしまった。それはユリの足元にも広がっていく。ユリは泥の中に引きずり込まれそうになった。しかし、なぜかユリは誰かに支えられるように、なかなか泥の中に沈まない。沈もうとするたびに、ユリの手の中の白銅貨が光る。
双子は、「どうなってるんだ? 底なし沼だぞ!」とあわてている。「おい子ども、はやくその白銅貨をよこせ!」
一方ユリはポケットから、キョンシーおじさんにもらった木彫りの人形を落としてしまった。すると、木彫りの人形は勢いよく大きな木に変化した。幹が太く、枝も何本もある立派な木だ。木の枝は勝手に動き、双子を捕まえて、ぽいっと放り投げてしまった。
「ひゃあ! 土や泥が木に勝てるわけがない! 昔の教え通りだ」
「何か金属──切るものはないのか、それなら勝てるぞ」
「ない、ないぞ。包丁なら、昨日、全部質屋に売ってしまっただろう」
双子はわけのわからないことを叫びながら、逃げてしまった。
周囲の不気味な景色は一瞬にして消え去って、もとのレストラン街に戻った。ユリが呆然(ぼうぜん)としていると、急に白銅貨は四枚ともずっしり重たくなって、何とユリの手からピョーンとはね上がった。
ボボン!
白銅貨四枚から白い煙が上がると、白銅貨は一瞬で真っ白い虎に変化した。その虎は、近くに転がっていた高級ブタ肉を、パックごとそのままバリボリ食べてしまった。
「あっ!」
ユリは驚いて声を上げた。すでに双子は逃げており、どこかへ行ってしまってここにはいない。ユリは虎に文句を言った。「ブタ肉、返してください!」
すると虎は申し訳なさそうに、「ごめんなさい、おなかがすいてたの」と言った。
「えっ、きみも?」
ユリはあわてて虎を見た。虎はますます申しわけなさそうに、ペコリとユリにおじぎをしたのだった。ユリはハッとして思い出した。
(ワンおじさんが「変な物持ってないかい?」って言ってたのって、このこと? そうか、「変な物」って、サイフの中の白銅貨のことだったんだ……)
ユリも謝った。
「怒っちゃってごめんね。ところで、きみは誰?」
「白い虎と書いて、白虎(びゃっこ)と申します」
「どうして、白銅貨になっちゃってたの?」
「香港の北に住む、グイばあさんという人に、魔法をかけてもらってたんです」
「……グイばあさん?」
ユリはあれ、そうか、とまた思い出した。
この間、ワンおじさんの家に遊びに行った時、ワンおじさんのお母さんがいたんだっけ。確かその人の名前が……。
白い虎は、まるでユリの心を読むかのように、「ああ、そうですよ」とうなずいた。「グイばあさんという方は、ウォンタイシン周辺(香港、九龍地区の寺院)でご活躍の、ワン先生のお母様です」
「どうしてママのサイフに、きみが変身した白銅貨が入り込んでいたの?」
「お金は巡り巡るんです」と白い虎は言った。
「グイばあさんは、僕が変身した白銅貨が、あなたのお母さんのサイフに入るように仕向けていたんですよ」
「変なの。ところで、きみ、これからどうするの?」
「わかりません。僕、他に3匹の動物の友達がいたんです。でも、はぐれてしまったんですよ」
ユリはかわいそうになって言った。「あたしのお家、来る?」
「いいんですか」
虎はユリの顔を見た。
というわけで、ユリは虎と一緒にもと来た道を戻ってお家に帰り、たいそうお母さんに驚かれたのだった。虎と一緒に帰ってきたからね。
結局、その日の夕食は水ギョーザ。虎の夕食はギョーザの皮。
食後、白い虎は故郷に帰っていった。
その後、1ヶ月経っても、ユリと虎は文通が続いている。
虎は草原で幸せに暮らしているらしい。手紙によると、他の三匹の動物の友達とも、ちゃんと会えたようだ。
ユリといえば、今日、1ヶ月半ぶりにチョンキンマンションにお使いに行かされた。でも、パンプキンボーイもキョンシーおじさんも、変な双子もいなかった。
その日、ユリは高級ブタ肉を買って帰ってきて、お母さんにほめられたのだった。
おしまい
ユリの香港超冒険! 武志 @take10902
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