第8戦・勇者一行を足止めせよ

 魔界最奥の山頂に聳え立つ漆黒の魔王城。その玉座の間にて意味もなく片手でグラスを揺らしていた魔王に、ある情報が大臣からもたらされた。

 その情報というのは、食の都「グラトニー」に滞在していた勇者一行が、次なる街へ向かうために行動を起こした。というものだった。


 次なる街、城塞都市じょうさいとし「プライド」

 その街は名前の通り城門を中心に栄えた都市である。物資が行き来する際に通行料を得たり、物資の交易で得た利益で栄えた街で、魔界でも屈指の巨大都市である。


 そこに構える城門は「傲慢門ごうまんもん」と呼ばれ、幾度となく繰り返された過去の戦争でも、魔王城へ続く道を堅く閉ざしていた。長く高き壁を越えることは困難であり、この傲慢門を通過しなくては先へは進めない。

 そんな魔王城にとっての要所である城門都市プライドへ、勇者一行は向かっているというのだ。


 あの阿保のように強い勇者をここで足止めしなくては、まだ打倒の作戦が決まらないうちに懐に侵入されてしまう。ここで時間を稼ぎ、必殺の作戦を立てる必要がある。


「よし、大臣よ、四天王に通達だ。急ぎプライドの傲慢門に集え、と。そこで、勇者どもの足を止めるぞ」


 魔王は冷酷な表情で冷淡に大臣に伝える。いつものように魔王城で作戦の立案をすることは可能だ。しかし、現場主義的なところがある魔王は傲慢門の実物を確認して作戦を立てることにしたのだった。




 魔王はいつも通り玉座の間のステンドグラスを突き破って、傲慢門までやってきた。上空から見ても、傲慢門から伸びる壁の果てが見えない。万里をも超える億里とも呼べる長い城壁は、魔界を横断するほどのものである。

 地上界から来た者にこの壁を超えることは不可能であり、傲慢門を通らざるを得ない。


 魔王はごつごつの岩でできた城壁の上に下り立つと、傲慢門を目指して歩き出した。飛んで門に直接向かってもよかったが、徒歩で城壁の様子を確認したかったのだ。


 城壁を歩き終えて傲慢門へと到着する。石造りの壁の状態は良好で、よく手入れされていた。これなら外敵が侵入してくる恐れはない。満足した魔王は城門の中を歩きはじめた。

 

 古い建物ではあるが、劣化による損傷はまったくない。ここに勤める者がいかに勤勉であるかが窺い知れる。


「……よく平気な顔をしてここに来られたな」


 魔王の耳に中年の男であろう声が聞こえてきた。

 その声は穏やかなものではなく、少々荒げているように聞こえた。声の方に視線を向けると、標準的な魔王軍の装備を身につけたいかつい男と、白髪交じりで着流しを着た初老の男がいるのを確認できた。

 その様子は誰が見ても仲睦まじいものではなく、今にもいさかいになりそうな雰囲気が漂っていた。


「……」


 着流しを着た四天王が禁戦のケラヴスは表情を強ばらせて口を固く閉ざしていた。その様子が気に入らないのか、兵士は不快に顔を歪めた。


「だんまりかよ。あんたはあれからまったく変わっていない。四天王になったから、俺なんかとは言葉を交わしたくもないってわけかよ」


 中年の兵士は嫌味たらしく言葉を続けている。それに対してケラヴスはまったく反応を見せず、じっと立ったままだった。

 魔王はその二人が気付くように足音を強くして歩み寄った。

 魔王に気付いた中年の兵士は魔王に向かって深々と礼をした。ケラヴスと対面していたときとはうって変わって慇懃いんぎんになった。


「……魔王様」


 ケラヴスは魔王がすぐ近くからこちらを見ていたのに気付いていたようで、平静なまま頭を下げてきた。その様子に魔王は小さな溜息をついた。


「もうすぐ作戦会議が始まるぞ。遅れるなよケラヴス」


 緊張しっぱなしの兵士と表情を見せないケラヴスを残したまま、魔王は作戦室へと向かう。


 ここが昔ケラヴスが勤めていた場所で、顔見知りがまだ勤めていることを知っていた。それに、過去にあった事件でここに勤める兵士が彼にいい印象を持っていないことも知っている。


 四天王として過ごした時間が彼を変えたのではないかと、少し期待していた。

 これはケラヴス自身が解決するべき問題であり、魔王が手出しをする案件ではない。それでも、見ていられなくて魔王はつい手を出してしまった。


 いつもは何物にも動じないように見えるケラヴスだが、実のところ人に対して臆病なところがあった。



 傲慢門にある小さな作戦室は魔王城の円卓の間とさほど変わらない。

 ここは一般の兵士がつかうものではなく、魔王とその側近だけが使う特別な部屋である。そのため、円卓の間をした造りになっていた。


 作戦室には魔王を含め、大臣と四天王が勢ぞろいしていた。少し前に出会ったケラヴスは何事もなく椅子に座っている。


「これから、勇者一行の足止め作戦会議を始める。大臣、概要を」


 黒のスーツを纏った白髪の大臣はすっくと立ちあがり会議の内容の説明を始めた。


「魔界で最も強固であるこの傲慢門に勇者たちが向かっているという情報がありました。そこで、傲慢門を使って勇者たちを足止めするための作戦を議論することになりました」


 言うべきことを終えた大臣はすっと席に座った。要点を押さえた実に大臣らしい完結な説明だった。いつものような情報過多ではなく、魔王は安心して聞くことができた。


「はいッ!」


 作戦会議にはもはや恒例となった、初手アングリフの挙手がすっと伸びた。その意見の内容は容易に想像できるが、とりあえず話を聞くことにした。


「こちらから打って出ましょう! オレたちなら、こんな門に頼る必要などありません!」


 一度勇者に負けたというのに、こういう意見を出せるのは天性の戦闘好きだからだろう。それに、彼の中ではまだ勇者に負けていない。


「うむ。それもいいが、せっかくなので、傲慢門を利用しよう」

「はい……」


 赤い竜人は巨大な身体をすぼませて椅子に座った。

 魔王は作戦立案に多大な貢献をしてくれるケラヴスに視線を向けたが、先ほどの件を引きずっているのか少し目を伏せていた。しかたなく、魔王は愛娘に視線を向ける。


「これは作戦なんて必要なくない? 門を閉めておけばいいじゃん」


 ロザリクシアの意見は実にもっともだった。逆にこれ以外の選択肢はないような気さえする。

 そもそも、傲慢門の見た目はただの木製の門だが、特殊な結界を三層も重ねて張っている。どんな相手だろうとこの結界を突破することはできず、こちらから開城しない限りは何人たりとも侵入されることはない。

 しかし、それに魔王はひとつの懸念を持っていた。


「これはもう、決定ですね。傲慢門を閉ざして勇者の侵入を阻みま――」

「少し待て。そんなことをしたら、プライドに入りたい者共はどうなる? 締め出されたのでは、かわいそうではないか?」


 魔王は大臣の決定しかけた作戦にストップをかけた。彼はいつも魔界の住民の味方であった。門が閉ざされて発生するであろう問題を見過ごせない。


「では、何か別の案が?」


 大臣の冷静で平坦な声が魔王に答えを求めてくる。魔王とてただ無策でこのような策を口にしたわけではない。門を通過しようとする者を助けるものだ。


「プライドの近くには『開門の穴』と呼ばれる洞穴がある。そこに鍵を設置し兵士に守らせる。魔族には無条件で貸し出し、勇者には渡さない。これで、解決であろう」


 魔王は真剣な面持ちで、心の底から妥当な案だと思い込んでいるが、この場にいる誰もがその案に唖然として、口をポカンと開けてしまっていた。


「魔王様……それだけは、止めておいた方がよろしいかと」


 先程まで口を閉ざしていたケラヴスも、さすがにそのまま放置しておくわけにはいかなかった。


「パパ……門の外に鍵あったら意味ないって、ずっと言われ続けてるんだけど」


 誰が言い出したかは解らないが、誰もがその疑問を抱いている。そんな当たり前のことを理解していない父に娘は優しい視線を向けた。


「しかしだな。それだと、民は困るだろう?」


 魔王は納得しない。

 たしかに魔王にも一理ある。鍵を内側で閉ざしてしまったら、外から入る方法を失ってしまう。

 それは、まず間違いなく現在の交易が滞り、プライドの経済が停滞してしまう。いくら勇者を足止めするためとはいえ、これは街に経済的な打撃を与えるのは間違いない。


「では、魔王様には鍵を守るいい方法がおありなのですか?」

「無論、当然ある」


 大臣の言葉に、魔王はすぐさま返答をした。


「いいか? よく聞け。勇者が鍵を手に入れられなければいいのだ。洞穴を迷宮化して、勇者を迷わすのだ。当然、魔族にはその道順は教えておく。うむ。実に良い手だ」


 魔王は自信満々と胸を張るが、他の四人は実に何とも言い難い胸のつかえを感じた。


「……では、魔王様の仰るとおり、傲慢門を閉ざし、その鍵は迷宮化した「開門の穴」に設置する。よろしいですか?」


 大臣は色々といいたいことはあったが、これ以上発展がないと諦めて総括そうかつとした。四天王からも意義が出ることはなく、魔王の策が可決された。


「よし、これでこの傲慢門の守りは完璧だな! 勇者どもめ、どこからでもかかってこい! ふふ……ふふふ……はーっはっはっは!」


 翌日、勇者の拳ひとつで傲慢門は突破された。

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