第20話 速水の告白
エリは熱々のアップルパイを食べこぼして、スカートをウェットティッシュで拭いていた。
『ジョイキチ』のアップルパイはいつでもできたてのさくさく感と温かさが売りだが、今日に限っては、それが仇となった。スカートごしでも太ももに熱が伝わって、意外と熱いのだ。
「本気で言ってるの?」
「もちろん。天文部の先輩たちは入部を許可してくれるかな」
速水は天文部に入部しようとしてる。エリはそのことに驚いてアップルパイを落としてしまったのだ。
エリは少し考えてから答えた。
「センパイたち、優しいし、ダメって言われることはないはずだよ」
「それなら良かった。次の活動日はいつだっけ? 早いうちに行きたいんだけど」
「明日は放課後あるよ」
「じゃあ、エリについていこうかな」
エリはこの急展開に未だについていけていなかった。
速水とは文化祭実行委員で知り合って、クラスも隣だったことから、文化祭期間中は行動を共にしていた。
エリはいつも悪目立ちしてしまうようなタイプだが、速水はリーダーシップがあり、行動力もある。用具が不足しているといった問題にもすばやく対処し、文化祭の規則などで分からないことがある人への説明も正確だった。速水はそういった、授業で習うようなことではないけど、社会では必要そうなスキルをもっている人だ。
今までは部活に加入していなかったが、学校外でアーチェリーをしているという話をエリは聞いたことがある。
「でもいいの? 今の天文部は天文部っぽい活動とか皆無だよ」
「構わないよ。むしろそれがいい」
「はあ。変わってるね」
「逆にエリはなんで天文部に?」
「なんでって言われると……」
エリはアップルパイをふーふーと冷ましながら考えた。
「入学式の日、新入生への部活動勧誘があったでしょ?」
「あったね」
「あのね、笑わないで聞いてくれる?」
エリは熱くなった頬を自分の手で冷ました。
「内容による」と速水はドリンクを飲み干した。
「あのね、満開に咲いた桜の下に立っていたセンパイが、とても幻想的だったの」
エリはあの日の景色をまぶたの裏に映し出した。
金色の陽射しがきらきらと輝く中に、遠くの空を見つめる人。その人の周りだけ、時間が止まっているかのようなゆったりとした空気。
じっと見つめていたら、「星空、好き?」と話しかける声がした。高すぎず、低すぎない、耳障りの良い声――
ほとんど一目惚れだった、とエリは思う。
「センパイって、あの?」いつもより低めの声で速水が訊いた。
「うん。雑賀センパイ。あ、でも今のはナイショだよ」
エリはゆるんだ頬にアップルパイを大きく一口、ほおばった。
速水はそれを見て「りょーかい」とだけ答えた。
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