ムジナは実在した

「ムジナ、って本当にいたんだね」

「ええ。正体が何かは分からないけど、既存の科学では説明できない、超常の存在ね」

「夏海姉ちゃん、詳しいんだね」

「大学で民俗学を勉強しているからね。昔からの言い伝えとかを調べているの」

 そうなんだね、と祐樹は呟いた。

「それで祐樹、ムジナ避けは持っているよな?」

 哲也が胸元から小さな袋を取り出した。

「うん。ずっと持っているよ」祐樹も袋を取り出す。柔らかい紐に繋がれ、首にかけられるようになっている。「でもこれ、効果あるの?」

「本当に効果あるのよ、それ」夏海は「ただの木じゃなくて、樹齢300年以上の霊木から切り出した木片に、3年間、朝晩に祈りを捧げてから、親族が安全を祈って彫っているの。私も迷信だと思っていたけどね」

「ああ、俺と姉ちゃんが無事だったのはムジナ避けのおかげだ」哲也はその時のことを思い出したのか、小さく身震いした。「車に乗って逃げようとしたんだけどな、乗る直前でこけちゃったんだ、俺。で、周りにムジナが集まってきて、もうだめかと思ったんだけど、ムジナ避けが少し暖かくなって、ムジナを遠ざけてくれたんだ」

 その間も車は夜道を走り続ける。

「どこに向かっているの?」

 祐樹は窓の外を覗く。道の端に時折ムジナの姿がぼんやりと浮かぶ。

「学校よ」

「学校?」祐樹は窓の外に目を凝らす。「なんで学校に?」

「学校の壁、ムジナ避けと同じ霊木で作られているんだってさ」

「そうなのよ。他の人も学校に逃げているわ。朝まで耐えて、本土からヘリコプターで迎えに来てもらうの」

 遠くに学校が見えてきた。深夜にも関わらず教室に灯りがついている。

「でも、あれ。ムジナ、でしょ?」

 校舎の周りには、ムジナが何重にも集まっていた。特に昇降口の前は数が多く、とても中には入れなさそうだ。

「大丈夫。私が合図したら走ってね」

 校舎まで数メートルの距離に近づくと、夏海はムジナ避けの袋を開け、中から木像を取り出した。同時にブレーキを踏み込む。ムジナが一斉にこちらを向いた。

「行くわよ! 走って!」

 そう言うと、夏海もドアを開けて走り出す。祐樹と哲也もその後を追う。

「どうするの?」

「こうするのよ!」

 夏海はムジナ避けを勢いよく地面に叩きつける。

「えっ?」

 木像は粉々に壊れ、辺りに木片をまき散らす。そして、

「何、あれ」

 木像を叩きつけた地面から、白い煙のような何かが立ち上がる。ムジナはその煙が嫌いなのか、その場から一斉に逃げ始めた。

「今よ!」

 3人はその煙に飛び込むように進む。

 煙の向こう側は、既に校舎の中だった。

「ああ、よかった」

 夏海が昇降口のドアを閉めると、祐樹の足からは力が抜け、へなへなと座り込んでしまった。

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