いなり総合商社奮闘記 一家郎等生まれながらにして社員 〜きつね・さーが〜

山野陽平

第1話 きつねにつまみかえされる

ここはギルガン島。2000頭の狐とたった1人の人間で代表取締役社長ギュスタヴ・ベキャベリが暮らす島。


 豊かな自然と、過去に栄え、侵略によって滅んだギルガンの文化の名残と現代的な文明が混ざり合って美しい景観が広がっている。


 無人となった島にこのいなり総合商社は拠点を移したのだ。


 平地には工場や事務所が立ち並び、それを抜けて森林地帯に囲まれた坂を登りきると昔の色褪せた港町がある。あえて朽ち果てそうな埠頭がそのままにされているのは、この島の過去に対するリスペクトの現れでもある。


 島の港町の反対側には美しいギルガン城も残っており、たまーに白銀の甲冑に身を包んだギルガンにエンカウントする。きつねの中には甲冑を脱いだギルガンを見たという者もいるが更にレアだ。


 創始者である" 親方様 " はルーツである林業と鉄鋼業を始めた違う大陸で隠居しているが、きつね族の中ではまだそれ程年寄りというわけでもない。ただ持病の痛風と糖尿病が酷いからギュスタヴに任せているに過ぎない。役員報酬はたんまり貰っている。


 本社屋はない。島全体が拠点である。世界にたくさんの出張所もある。


 島に立ち並ぶ事務所の一画で頭を抱えるのは経理部長だった。彼らに名前はない。互いに呼び合う時はニュアンスで伝わるし、人間であるギュスタヴ社長は役職で呼ぶ。というか彼にも見分けがつかない時もある。


 「どしたんですか」経理社員が部長に話しかけた。木の机で前足を頭に当てがって考え事をしていたからだ。


 「不渡手形だよ」きつね達はよく手形で取引をする。口にくわえて持って帰って来やすいからだ。


 「どちらですか?」


「またあの " 一つ目繊維株式会社 " だよ」


「またですか。あそこはいけませんね」


「踏み倒しかねないやつらだからな」


「幾らですか?」


「虹色蚕の繭の代金100万ポーネ」


「ひえ。やばいですね。また行くんですか」


「ああ。請求しに行かねば。電話もない世界だしな」


「分かりました。きつねを集めます」


 「まて。ちょっと多めに連れて行こう」


「そうですね」


 経理部長達は30匹で帆船に乗り込み、一つ目繊維の本社に向かった。


 巨大な産業港町パーナットに着いた。真っ黒に塗装した一つ目繊維株式会社の玄関に着くと、30匹のきつねは戸を囲んでノックした。


 道行く者達は何事かと見る。


 「すんません。すんません。」なかなか返事がなく、経理部長の声は段々大きくなる。


 やっと中から誰か出てきた。顔の真ん中に目玉が一つある一つ目族だ。その会社の下っ端らしい。口と鼻はなく、眼球がその役目を果たす。どういうメカニズムなのかは分からない。


 「はい。なんだあんた達は」その下っ端は無愛想に応対してきた。


 「私どもいなり総社の者でして。手形が不渡りになりまして参りました」経理部長が説明した。


 「あ、ああ」下っ端は何やらどうしたら良いかと考えている様だった。


 「御社の経理担当者様、御出社でしょうか」


「経理?経理なんていねえよ」下っ端はフケを撒き散らしながら頭をボリボリ掻いた。


 「どーした」その時奥から声がした。


 「社長」下っ端が振り向いて奥に喋る。「いなりのモンが来てますぜ」


「入ってもらえ」社長と呼ばれた声の主が言った。きつね達は黒い建物に30匹でワリワリ入った。


 中は会社兼工場らしく、開いた扉を横切ると作業服を着た一つ目族が絹や麻を加工している。


 社長室は廊下の突き当たりだった。まあまあ距離があったので、きつね達はよく声が聞こえたなと思った。


 「やあやあよく来てくださったな」社長もやはり一つ目だった。しかし服は他の者と違い、仕立ての良いカラフルな貴族服といった感じ。


 「さっそくですが」


「まあまあ座んな」社長の部屋は応接間にもなっているらしく、机の前に背の低い椅子とテーブルがあった。経理部長と社員1人が椅子にちょこんと座る。それ以外は部屋からはみ出しながらもわんさか後ろに立った。


 「んで」社長も向かいに座る。「確か代金の事だったな」


「そうですね。我々としましても虹色蚕の繭の代金100万ポーネはお支払い頂きたく存じます」


 「それが払わないとは言ってない。が、もう少し待って欲しいんだ。新しい事を始められそうでね」


「それは出来ません」


「は?」にこやかだった ( 表情が分からないのでなんとも言えないが ) 社長の声色が変わった。


 「我々としましてもこの規模の会社組織ですので御社様だけにとは参りません。代金をお支払い頂くまで我々は帰れません」経理部長は毅然としていた。


 「なんだと。この分からず屋が」社長は頭に血が上り、応接間のテーブルを、経理と部長の方目がけてひっくり返した。


 音を立ててテーブルが椅子に倒れた。しかし、次の瞬間テーブルにぶつかったであろうはずの2匹の姿はない。


 社長は目を剥いて、無言でテーブルと椅子を見ていた。その背後には顔色一つ変えずに立ち尽くす28匹のきつね達。


 「社長様それは分身です。部長達は既に御社の金庫に参りました」後ろに立つきつねが言った。


 「なんだと」社長はなお激昂し始めた。「どけ」


部屋に群がるきつねを掻き分ける様に社長は部屋から出ようとした。


 するとどのきつねも手応えがない。触れば消えていった。社長が部屋を出ると会社中がきつねだらけだった。廊下にも、作業室にも、どこに行ってもきつねがいて、社員達が何事かと騒ついていた。


 社長は急いで金庫に走る。金庫は地下にあった。廊下を曲がり、地下に駆け下り、扉を開けようとする。鍵が空いていた。


 社長は二重になった鉄板みたいな扉も開いているのに気付いた。急いで開いて中を改める。様々な書類、価値のある金属、金貨、手形が整理して置かれた金庫、その1番目立つ場所に、受領書が置かれていた。 


 " 虹色蚕の繭の代金として 1000000ポーネ "


 社長が地下から戻ると会社のどこにもきつねの姿はなかった。


 

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